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黄泉は隣
ジャングルは北も南もごちゃごちゃで、あっちがこっちで、こっちがあっちだった。
とても大きな木の幹の上を歩いて探索するが、どこにも人らしきものはいない。
ときどき鳥がガサガサと枝から枝へ飛び移るのが見えるばかりで、大きな動物もいない。
自然の力を大いに受けて育った植物に囲まれると、自分がやけに矮小なものに感じる。
小狼と、まだ眠ったままのサクラと別れ、ファイはモコナを連れて黒鋼とあちらこちら歩きまわっていた。
見慣れない土地に歓声を上げていたモコナはしばらくすると周囲を観察するのに飽きてしまって、かわいい声で歌を歌いだした。
「いーけないんだーいけないんだー、乙女の心をふみにじりー」
黒鋼はこの世界に来てからずっと不機嫌だから、モコナはファイの肩に乗っている。
「モコナ、歌上手だねぇ」
拍手をして褒めるとモコナは素直に喜んだ。
少し前を歩く黒鋼は相変わらず機嫌悪そうに顔をしかめている。
星史郎との戦いが途中になったせいだろう、彼はここにはいない次元の魔女に愚痴をこぼして、ファイには読めない、魔女からの
手紙に文句を言う。内心、ファイはそのことに安心していた。
黒鋼の苛立ちが全て星史郎と次元の魔女に向けられていることに、ほっとしていた。
けれど黒鋼はファイのその安心をも見抜いていて、そのまま見逃すつもりはなかったようだ。
「抵抗もせずに、死んだんだってな」
低い声でそう言われて、心に氷の矢が刺さったように喉が詰まったが、すぐに笑顔でごまかした。
「えー? なんのことかわかんないなぁー」
黒鋼の肩に移動していたモコナを両手でそっと抱いて、味方につける。
彼はふたりきりのときにしか、ファイを無理に問い詰めようとはしないから。
卑怯な手と言われても、いまさら傷つく良心もない。
「あいつは確かに強かったし、小僧じゃとても勝てなかった。だが、おまえは違うだろう」
「ねぇ、モコナ。歌ってよ。さっきのお歌、オレも歌いたいなぁ」
「話をそらすな」
「モコナ、お願い。歌ってよ、ねぇ」
板ばさみにされて困るモコナがファイと黒鋼を見比べる。
そしてモコナはファイの期待に反して、黒鋼の味方をしてしまった。
ファイに顔を背け、口を閉ざしてしまったのだ。
ため息をついてファイはしかめっ面の黒鋼に向き直った。
「なんとなくだけど、わかってたんだ。あの世界、ちょっとおかしいなーって」
弁解を始めると、黒鋼は露骨に不審げな表情をした。
おまえの嘘には騙されない、おまえの言葉には必ず嘘が混じっている、そう言いたいのだろう。
「それにオレが会ったときの星史郎さんは、オレを殺そうとはしていなかったよ。
あの世界じゃ誰も殺せないからね、消そうとしてただけなんだ。だから、死なないって、なんとなくわかって……」
「でも、ファイ、死んだじゃない」
無関係を装っていると思っていたモコナが口を挟んだ。
顔は背けたままだが、たぶん、黒鋼と同じような顔をしている。
「死んでないよー。ほら、ちゃんと生きてる」
穏やかな口調を打ち消すようにモコナは首を振った。
「死んだよ! モコナ、どうしようって、ほんとはすごく怖くて、でもきっと大丈夫って、そう信じて……」
小さくなり、やがて消えていった語尾に哀れみを感じた。
そんな希望なら持たない方がいいに決まっているし、そもそもそんな希望を生み出すことが間違っている。
誰かを死んでいないと信じるために必要なのはそれを信じることではなくて、何も見ないことなのに。
真っ暗にして、ぜんぶ曖昧にしてしまえば、信じるも何もなくなってしまうのだから。
「そんなに生きていたくないのか」
静観していた黒鋼が一歩だけファイに近寄った。
その分、ファイは一歩下がる。
「だから何度も言うけど、オレは死ねないんだってば」
「生きたいと死ねないは違うだろう」
「……なぁに? 君はそんなにオレに生きてて欲しいのー?」
小ばかにしたように笑うと、黒鋼は怒ってしまったようで、ぎらぎらした赤い目でファイを睨み付けた。
そんな顔したってファイには何の効果ももたらさないのに。
視線から逃れ、歩いてきた方を振り返って、小狼かサクラの姿でも見えれば都合がいいのにと思った。
けれど暑そうな空気の中にみどりがたくさん見えるだけで、やっぱり人の姿はない。
「先に行こう。早く羽根を探さなきゃ、こんなとこで野宿したくないしー」
進行方向を指差すと、諦めたように黒鋼はファイから視線をそらした。
不安そうなモコナを肩に乗せたまま黒鋼の隣に立ち、にこりと笑いかける。
これが一番彼の嫌いな顔だと、ファイは知っている。
「ずっとオレのこと、嫌いでいてね」
黒鋼が何か言おうとした瞬間に、ガサリと背後から大きな音がした。
振り返るとサクラが罠にかかったように縄のなかに閉じ込めれられていて、急いで駆け寄った。
小狼が捕まったのだと必死に訴えるサクラを見て、もう黒鋼にはファイを問い詰める気はなくなっているようだった。
解放され再び孤独となった心の中でファイは考える。
いったいどうして、一緒にいるだけなのにこうも距離が縮まってしまうのだろう。
ずっと、無関心でいて欲しいのに。
End