Main
※学パロ
とくべつ
わざわざありがとう、来月にお返しするわね。
今日はこのセリフをもう何度言ったか知れない。
かばんにたくさん入った色々のチョコレート菓子を見て、アリスは甘ったるいにおいに辟易とした。
甘いものは好きだけれど、こうもたくさん一気に与えられては甘味のありがたみが薄れてしまう。
だいだい色の夕日が差した、すみずみまで冷え切った階段を下りながら、もらったチョコレートを一個ずつ出してみる。
バレンタインデーは、クラスの女の子たちがそれぞれお互いにチョコを作って交換し合う日。
アリスにとってのバレンタインデーはそんな認識でしかないし、そんな光景しか見たことがない。
もしかしたら今頃、どこか人気のない場所で甘酸っぱい青春が繰り広げられているのかもしれないけど、アリスには興味のないことだ。
クラスの子たちは普段あまり関わりのないアリスにもきちんとチョコレート菓子を作ってきてくれた。
安っぽい連帯感だとアリスは思った。
もちろんきれいな笑顔でお礼とお返しの約束は欠かさなかったが。
銀のカップに入った、色とりどりのアラザンのまぶされたものや、アーモンドをかわいくコーティングしたものなど、どれも簡単にできるお菓子ばかりだ。
こんなもののために来月、お返しを作らなければならないのかと考えると、バレンタインなんて迷惑極まりないイベントだと思わざるを得なかった。
アリスは誰にもチョコレートを渡すつもりはないし、もらうつもりもなかった。
こんなものは食べたいときに食べられればいいのに。
食べ物を餌に名ばかりの友情を得るなんて、アリスには到底真似できない芸当だ。
ぱちんと音を立ててかばんを閉めて階段を下ろうとすると、上から浮かれた声が降ってきた。
「さぁさぁ、チョコの妖精さんの登場だ。何も言わずにもらっていきなせぇ」
そんなふざけた文句と共に、頭にすこんと何かがぶつけられた。
ころころと転がるそれを拾ってみると、包みに入った小さなチョコだった。
「魔理沙じゃないの」
「チョコの妖精さんだって言ってるだろ」
軽快に階段を下りてアリスの上の段に立った魔理沙が偉そうに腰に手を当てた。
その手にはチョコの詰め合わせが入っていたのだろう空の袋が握られている。
最後の一個だぜ、と魔理沙は袋をくしゃりと潰した。
「みんなにチョコを配ってる生徒って、魔理沙のことだったのね」
「おぉ、そんなに広まってたのか、チョコの妖精さんのうわさが」
「誰が妖精さんよ」
緑の包みに入ったチョコを口に入れる。
かたいチョコの中にはグミが入っていた。
「食べたな。食べたら来月にはお返ししなきゃだめだぜ」
魔理沙がびしっと指をさすので、片手でそれを払った。
「何でこんなもの一個のために、お返ししないといけないの?」
試すように言うと、魔理沙はふんと鼻を鳴らした。
「上流貴族のアリス様はこんな安物のチョコじゃ満足しないってか?」
「上流貴族? 都会派と言ってほしいわ」
「パリジェンヌ?」
「いいわね、その響き。気に入ったわ」
何気なく手すりにもたれると予想以上に冷たくて、冬は嫌だと思った。
どこもかしこも冷え切っている。
つま先は血が通わなくなるほどに冷たいのに日が当たった顔だけが火照るのも、アリスは嫌いだった。
「そうか、アリスはこれじゃお返しくれないのか」
ぽてん、と音を立てて魔理沙がアリスと同じ段に下りた。
ひらりとスカートが揺れたのがかわいらしいと思った。
「エビでタイを釣る作戦でチョコを配ってたんだけどな。アリスはチョコ一個じゃ釣れないか」
なんだかわざとらしく感じる口調で魔理沙は自分のリュックをがさがさとあさった。
それから、リュックに手をつっこんだまま、もったいぶるようにアリスを見た。
アリスが首をかしげると、胸に固い包みが押し付けられた。
「ちょっとだけ特別なやつ」
受け取ると、魔理沙はもう一段階段を下りた。
赤い包装紙に金色のテープ、ピンクの小さなハート型のシール。
さっきぞんざいに投げつけられたチョコとは雲泥の差だ。
「ちょっとだけ、なの? これで?」
「あぁ、ちょっとだけだ」
「魔理沙の手作り?」
そう尋ねると、ふわふわの金髪がこくんと控えめにうなずいた。
「そう。そうね、これならお返しあげなきゃいけないわね」
冗談めかして言うと魔理沙は安心したように微笑んだ。
そのあとすぐに、味の期待はしないで欲しいとうつむいた彼女は冬の火照りを差し引いても赤い顔をしていた。
「じゃあ、私も特別なお返しあげるわね」
「とくべつ?」
「ちょっとだけ、なんて出し惜しみしたりなんかしないわ。思い切り特別なのをあげる」
魔理沙はアリスよりも背が低いから、階段一段分でもそれなりに差ができてしまう。
愛くるしいつむじを見下ろして笑って見せると、魔理沙は慌てて顔を背けた。
そのまま階段を駆け下りて、一番下で止まって肩をおろすと、勢いよくアリスを見上げた。
「楽しみにしてるから、豪華なのよこせよ」
「えぇ。楽しみにしてなさい」
間髪入れずにそう言うと魔理沙はどこか戸惑った顔をした。
けれどすぐにはにかんで、じゃあなと手を振って去って行った。
冬は嫌だ。
寒いし、空気は乾燥しているし、暗くなるのも早い。
だけどもうすぐ春が来て、厚いコートをクローゼットに仕舞いこんで、手袋もタンスのすみで眠りについた頃を思い描く時間は、嫌いではないかもしれない。
小さな花が芽吹く頃に、あの子に特別をあげる。
何を作れば喜ぶかしら、どうやって渡せば驚くかしら。
そう考えるだけで寒さとは関係なしに頬が火照るのを感じた。
END