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6・閻魔様の不平等裁判
原作。暴力・流血注意
足元に転がる人間が人間に思えなくなってきた頃が止め時だったな、と黒鋼は白々しく後悔した。
ファイのきれいな金髪は血でべたついて固まってしまっている。
髪だけじゃなくて服や体にも赤い染みができているけど、それらは黒鋼の眼には留まらなかった。
浅い息を繰り返すファイの胸倉をつかんで上半身を起き上がらせると、彼は薄く微笑んだ。
「なんで笑ってんだ。気持ち悪ぃな」
「ふふっ、あはは」
こうまで人の神経を逆なでする人間は見たことがない。
殴っても、罵倒しても、蹴りつけても、噛み付いても、ファイは笑顔でさらに黒鋼を怒らせようとする。
痛いとも言わなければ止めろとも言わない。
それがまた気に入らなくて、ぬいぐるみを引き裂くような気分でファイを手酷く扱った。
「黒様、オレのこと嫌いなんだねー」
けたけたと首をそらせてファイが笑い声を上げる。
「でもオレは黒たんのことだいすきー」
「そんなに俺を怒らせたいのか」
「すき、だいすき。あいしてる」
胸の奥に氷塊を落とされたような冷たい重力を感じた。
ファイの口に指を入れて、熱い舌を強く引っ張ると、少しうめいた。
「嘘しか言えねぇ舌なら、いっそ引っこ抜いちまうか?」
滑る舌に爪を立てればわずかに血がにじんだ。
それでもなお、ファイは笑おうとしている。
その瞬間、何もかもが黒鋼にとって無意味になって、怒りも消え去ってしまった。
手を離して崩れ落ちるファイに背を向ける。
「嘘だから怒ったの?」
もはやファイの言葉に耳を傾けることに価値などない。
「それとも嘘じゃないから怒ったの?」
再び波を立てようとする感情を抑え付けて、静けさを保つ。
「君が答えるまで、何度でも言ってあげる」
耳をふさぐのは敗北の証だ。
「愛してるよ」
何も答えないのはおまえのくせに。
7・仲間はずれ
原作
ピッフル国で行われた盛大なレースは、可憐で勇敢な少女の優勝で幕を閉じた。
その様子をずっと隣で見ていたモコナはサクラの栄光を色んな人に称えて回り、小狼もモコナみたいには行動できないけど
サクラ以上にサクラの勝利を喜んでいた。
そして途中でサクラの身代わりになって敗退した黒鋼も、サクラの優勝を心の奥でこっそりお祝いしていた。
いちばん最初に落ちてしまったファイも、嘘のないやさしい瞳で彼女らの喜びを自分の喜びとして感じていた。
ファイは変わった、と黒鋼は思った。
最初は色んなものに興味を向けるくせに本当は無関心で、子供たちへの労わりの言葉さえ状況にあわせて「正しい」言葉を
選び出したような胡散臭さがあった。
旅の中でファイはサクラの優しさと、小狼のまっすぐな心と、モコナの無邪気さにふれて、変わった。
その変化を黒鋼は快く思った、でもすぐに裏側にある嫉妬が肥大して、濁った感情だけが残った。
自分が何を言っても、何をしても真実を見せなかったファイが、こんなに簡単に本当の笑顔を見せている。
子供たちにはできるのに、自分にはできないこと。
子供たちには見せるのに、自分には見せない笑顔。
いけないとわかっているのに不愉快な気持ちになって、やりきれない、こんな華やかな場所なのに。
ファイは今、サクラたちの笑顔を心から嬉しいと感じていて、ずっとそんな感情を彼に与えてやりたいと思っていたのは自分なのに、
先を越された。
強引に問い詰めて、乱暴に追い詰めるだけの自分には、到底てきないことだったのだ。
ならば、ファイが優しさだけでは引き上げられないくらいの絶望に落ちてしまえばいいと思った。
それならば力しか持たないこの腕でもファイに変化をもたらすことができる。
だけど黒鋼はその暗い願望を手の届かないところへ隠した。
「俺じゃ、だめなんだろう」
たとえそれがどんなに過酷な絶望であっても、絶対にファイは黒鋼の手を取らない。
でも、もし、ファイが本当に暗闇の底に落ちてしまうようなことがあれば、周りを押しのけてでも自分が彼の腕をつかむのだろう。
そんな救済をファイが望んでいなくても。
そしてたぶん、一度つかんだ彼の腕は、二度と離してやれない気がして、人々の歓声が響くさなか、黒鋼は場違いな謝罪を心の中で
ファイに告げた。
8・新世界
原作
青い空、白い雲、透明の海。
地平線をカモメが飛んで、遠くでイルカがジャンプする。
ここは人間以外の生き物しか生息しない無人島。
ぐるっと一周歩いて回っても1時間もかからないほど小さな無人島。
ぎらぎらの太陽が照り付けるなか、少年と少女は帽子をかぶって島を探検中。
羽根の気配はこの島の中心からするとモコナが言うので、そのあたりを捜索していることだろう。
そして別れた大人ふたりは今日の晩御飯の準備を担当。
と言っても、暑さに弱いファイはさっきから日陰で座り込んでしまっているけれども。
「暑くないの?」
いつもと変わらぬ無表情で、島を覆うジャングルの中から汲んできた水を沸騰させる黒鋼にファイが倒れこむように抱きついた。
「暑いに決まってんだろ。引っ付くんじゃねぇ」
「暑いよぅ、枯れちゃうよぅ。ちょっとでいいからあとでお水ちょうだい」
弱々しい声でファイがねだると、黒鋼はあとでなと言ってファイを引き剥がした。
するとファイはそのまま砂浜にぱたりと寝転んでそばにあったタオルをつかんで目の上に乗せた。
黒っぽいカニが腕のあたりを移動している。
「海入ろうかな……」
「やめとけ」
「なんでー?」
「おまえの肌、日焼けしたらひどいことになるぞ」
「あーそっかー。なーんだ、オレの裸に欲情しちゃうからーとかじゃないんだー」
「・・・・・・・・・・・・」
「あれっ!? 否定しないの!?」
慌てて飛び起きると、黒鋼はファイに背を向けてもう一つの容器の水を沸騰させているところだったので、聞こえなかったのだろう、
そうに違いないと結論付けてファイはまたごろんと寝転んだ。
「もしさぁ、このまま羽根が見つからなかったら、ここでずっと4人とモコナで暮らすのかなぁ」
返事はない。
「そしたら小狼君とサクラちゃんの子供ができたりしてー、その子供にも子供ができて、王国みたいなのができちゃったりしてー」
「そんなになる前に魔女に頼るなり何なりしてるだろ」
がごん、と重い音がして新しい水が火にかけられたのがわかった。
「でもオレたちだけだと黒たんが欲求不満に陥っちゃうかもー? 欲望に任せてサクラちゃんを襲ったりしないでよー?」
「それは絶対あり得ねぇな」
「どしてー? 黒さまは本能に逆らえるような人間じゃないでしょー」
「仮にそんな状況になったときは、おまえを襲う」
「・・・・・・あははー、黒りんってそんな冗談も言えるんだねー。暑さで頭おかしくなったー?」
「・・・・・・そうかもな」
寝返りを打って、ずれたタオルの隙間から黒鋼を窺い見ると、額から汗を流して火の具合を調整していた。
「んー、じゃあオレもおかしくなったのかもー」
潮のにおいと、焼けた砂のにおいと、隣の男の汗のにおいがする。
「仮にそんな状況で黒ぴーに襲われたら、オレ、喜んで腰振りそう」
あはははは、と自分で言っておいておかしくなって狂人みたいにファイは笑った。
9・積雪
日本国永住
夜のうちからひどく冷え込んで、これは雪になるかもと思っていたところ、翌朝は本当に積もった。
静かな朝、黒鋼が台所に向かう途中、ファイの部屋の中の様子をうかがうと、ファイはまだ眠っているらしかった。
今日はふたりとも休みだからもう少し寝かせてやってもいいだろうと、黒鋼は居間のいろりに火を付け乾燥して痛む喉を水で潤した。
しかししばらく経ってだんだん部屋が暖まってきてもファイは起きてこない。
いつもは早起きのファイは、頼んでもいないのに黒鋼を毎朝うっとうしいやり方で起こしにくるのに。
どうせ寒さのせいで布団から出られなくなっているんだろうと部屋に行ってみると案の定で、ファイは起きてはいるが布団に
くるまって体を丸めていた。
「おい、もう起きろ」
「うー、朝ごはんなら昨日の残りがあるからそれ食べて……」
「向こうの部屋、火付けてあるからこっち来い」
「お布団あるからオレはここでいいよぅ」
もぞもぞと黒鋼に背を向けてさらに丸まってしまう。
こんな動物をどこかで見たような、と考えながら黒鋼はファイの布団に手をかけた。
「ほら、さっさと出て来い」
「やだー!オレはこんなに布団を愛してるのに、それを黒たんは引き離そうって言うの?」
「またくだらねぇことを……布団はおまえのこと嫌いっつってたぞ」
「言ってないよ!」
とっさにがばりと体を起こしたファイを布団から引き抜いて抱きかかえると、細い体が寒さに震えた。
「わー寒いよー黒みゅうひどいよー」
暖かさを求めて黒鋼に抱きつくファイの背をなでてやると、少し震えはおさまった。
「おまえ、年々寒がりになってないか? 元いた国はもっと寒かったんだろ?」
「うん。でも日本国の気候に慣れちゃったみたい」
「そりゃあ、いい傾向だな」
ファイが首をかしげて黒鋼を見つめる。
「体質がこの国のものになっちまえば、こっちのもんだろ」
そう言うとファイが呆れたように笑って黒鋼の肩に額を乗せる。
「そんなの、もう十分手遅れだよ」
「ならいい」
隙間風が入ってファイの部屋は冷やされている。
このままでは風邪をひいてしまうと、ファイを抱いたまま立ち上がろうとすると腰をつかまれ阻止された。
「寒いからもうちょっと……」
「だから向こうは火ついてる。それと上に何か着とけ」
「ううん、いらない」
「いらないって、おまえあんだけ寒がっておきながら」
「暖めてくれる人がいるから、いらないよ」
試すような目でファイに見上げられ、黒鋼は望み通りそのままファイに覆いかぶさった。
この寒さでは明日になっても雪は溶けないだろう。
あらゆる雑音を吸収する白さのなかでは、本意だけが浮き彫りにされる。
10・ベッドの下の例のアレ
堀鐔
「ねー、黒りんのベッドの下にあるダンボールって、何が入ってるの?」
「ダンボール? んなもんあったか?」
「あるよー、ほら。埃つもってるやつ」
「……何が入ってんだ、これ」
「オレが聞いてるんだけど。じゃあ開けてもいい?」
「もう開けてるじゃねぇか」
「えっとねー、あ、前に使ってた携帯かな、これ。あと何かのコードと、DVD……」
「DVD?」
「そう、D……あっ……え……?」
「なんだよ」
「黒様も男だから、AV買うのもしかたないことだけどさ……」
「は? AVなんかあるわけ……」
「『実録!義母と息子』」
「・・・・・・・・・・」
「『豊満熟女の大運動会!』」
「・・・・・・・・・・待て」
「『秘境の老女を追え!パラオの孤島に火を吐く魅惑の淫乱老女を見た!』」
「何だそれ」
「だからオレが聞いてるんだって! ていうかほんとに何これ!?」
「あー……あぁ、思い出した。大学の時の先輩が無理やり置いていったやつだ」
「嘘じゃない? 黒様先生、本当は熟女好きなんじゃないの?」
「んなわけあるか! つーか最後のは熟女モノですらねぇし」
「だよねー、これが普通のAVだったら、やっぱり女の人の方がいいんだね…って嫉妬系シリアス展開に持っていけたのになー。
全く嫉妬の気持ちが沸き起こらないよ」
「無理だろうな。しかしこんなとこに仕舞ってたんだな、これ」
「観た?」
「観てねぇ。引越しでばたばたしてたときだったしな」
「秘境の老女、気にならない……?」
「まぁ、多少は……」
意外におもしろかったらしい。
END
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