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ただいまオルゴール
私が魔理沙の家に行くことは滅多にない。
魔理沙が(招いてもいないのに)うちの神社に来るのが常であったし、何より魔理沙の家は汚い。
物がありすぎて歩く隙間さえない。
何をそんなに溜め込んでいるのか、魔法の実験に使うのだと言うが使っている様子は一切無い。
だから魔理沙が私を招くことはないし、私も自宅でいるほうが楽だ。
そんなある日、魔理沙から大掃除をしたから来てくれと招待された。
そもそも魔理沙の家に行かない理由は汚いからということだけだから、綺麗になったなら断る必要はない。
いつもと違う彼女に会えるのだろうと、私は出かける前から微笑が消えなかった。
「よく来たな、霊夢! さぁ、入ってくれ!」
部屋を綺麗に片付けて誇らしそうな魔理沙に出迎えられ、彼女の空間にお邪魔する。
外とは全然違う空気、私の家にいるときよりも落ち着いている魔理沙。
やっぱり私は微笑を隠せない。
「ほんとにきれいになったわね。あのゴミはどうしたの?」
「あれはゴミじゃないぜ!? ちゃんと収納したら片付いたんだ」
魔理沙は私に紅茶とクッキーを出してくれた。
私の家ではお茶と和菓子ばかりだから、クッキーをかじる魔理沙も甘い紅茶をすする魔理沙も椅子に座って
テーブルに肘をつく魔理沙も、全て新鮮に映った。
日当たりの良い彼女の家は、魔理沙をよく引き立たせている。
きらきらの髪を私はずっと撫でていたいと思う。
女の子の会話は不思議と尽きることがなく、気づけば辺りは暗くなっていた。
「なぁ、今夜は私がご飯作るし、泊まっていけよ。ちゃんと霊夢が寝るスペースもあるんだぜ」
目線をそらして頬を赤くする魔理沙に私まで恥ずかしくなってしまう。
けれど私もそうするつもりでいたから、彼女ほどは照れずに済んだ。
明日の朝、いちばんに彼女の顔を見ることになる。
なんて素晴らしい一日の始まりだろう。
魔理沙の顔を見ない一日なんて始まる必要がないのではなかろうか。
「布団が埃まみれ、なんてことはやめてよ……ってあら?」
ふっと、真上の照明が切れた。
急に外の暗さと同調し戸惑うが、今日は月が出ていてカーテンも開けていたので真っ暗にはならなかった。
「あれ、もうそんなになってたのか……悪い、ちょっと香霖のところ行ってくる」
魔理沙が暗闇で出かける支度を始めた。
私も行くと立ち上がると、すぐに帰ってくるからと座り直されてしまった。
さすがに客人を置いて香霖堂で長居はしないだろうけど、少し不安になる。
そんな私に気づいたのか、魔理沙が引き出しから何か四角いものを取り出して私の前に置いた。
「このオルゴールが終わる前に帰ってくるから」
かりかりとぜんまいを回すと単調な音楽が流れ出した。
魔理沙にオルゴールなんて似合わないから、似合っているように思える。
何の曲か知らないし音楽にもあまり興味がなかったにも関わらず私は一瞬でこの音が好きになった。
こんなに素晴らしい音楽は世界中どこにもないと断言できるくらいに。
暖かな色をした音符が輝いて見える気がした。
すぐ帰るからと言い残して魔理沙は私を残して出て行った。
色を失った部屋の中でオルゴールの音だけが光っている。
時々風の音が聞こえるだけの静かな森の中で、オルゴールは律儀に奏で続けている。
しかし永遠とも思えた時間は終わり、魔理沙の帰宅を待たずに音楽は途絶えた。
静寂を吸い込み私は自分の手でぜんまいを回す。
「嘘つきね」
言葉は誰にも届かぬまま消え、何も残らなかった。
再び鳴り出したオルゴールは素知らぬ顔で同じフレーズを何度も繰り返す。
私は彼女を待っているのに時間は逆戻りする。
早く帰ってきて欲しい。
一秒でも彼女がいないと私はどんどん時間に蝕まれていく。
けれど一人寂しい思いをしながら彼女を渇望する心も私は嫌いではない。
犬のように待たされるのは性に合わないが、待たせている相手が魔理沙なら話は変わる。
すぐにでも会いたいはずなのにいつまでも一人でオルゴールを聴いていたい気もする。
でも今いちばん欲しい言葉は、
「ただいま」
外の匂いをまとわせた彼女のこのひとこと。
End