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※日本国永住
食に関するカルチャーショック
日本国にはファイの知らない食べ物がたくさんあった。
まだ名前と実物が一致していないものもあるけれど、おいしいものがたくさんあった。
最初は遠慮して与えられるものを拒否していたが、慣れてくるともらえるものは全部もらうようになった。
それを見た知世や天照が、あれも食べろこれも食べろとファイに色々与えるようになった。
自分の国の自慢の品を異国の人が気に入ってくれるのを見たくて、わざわざ遠くから名産品を取り寄せたりもした。
良くしてくれるのは嬉しいけれど、こんなにしてもらっていいのかな、とファイが黒鋼に相談すると、黒鋼は好きにさせとけと言ったので、
ありがたくいただくことにしている。
ファイは料理を作ることが好きだが食べるのはもっと好きだ。
それが他人が自分のために作ってくれたとなればなおさら。
ファイが喜んで食べる様子を見て、周りにいる人たちも喜んでいる。
だからファイは何でもおいしく感じられた。
が、やはり生魚や酢はどうしても笑顔で食べることができなかった。
苦手なものは仕方ありませんと知世は言うが、本当はおいしく食べたかった。
好き嫌いは誰にでもありますと天照は言うが、本当は嫌いなものなんてなくしたかった。
それでも、どうしても、あの酸っぱいにおいのする白米の上に生臭い魚の乗った、あの料理だけは二度と口にしたくなかった。
どうして焼かないの、と黒鋼に愚痴をこぼすとなんと翌朝は朝食に焼き魚が出た。
優しいね、ありがとう、大好きと言うと機嫌を良くしたみたいで、魚を開いて骨まで取ってくれた。
寒い寒いセレスでは、魚は貴重だった。湖が冷たすぎて魚がほとんどいないのだ。
温暖な気候の日本国では魚は日常的に食べられているし、種類もたくさんいるので、ファイは羨ましく思った。
それにこの国の人たちはみんな優しい。
そんなある日、ファイが白鷺城内の台所で蘇摩の料理の仕方を観察していたときのことだった。
「それは?」
「これはきな粉です。砂糖を混ぜて、ご飯やお餅にかけて食べるとおいしいですよ」
「じゃあこっちは何ですか?」
「それはかつおぶしです。おにぎりの中に入れたり、豆腐に乗せたり、色々できますね」
へぇーと台所に置いてあるものを見て回っては蘇摩に質問する。
蘇摩も興味を持ってもらえるのが嬉しいらしく、自分から説明を始めるときもあった。
とんとんとリズム良く包丁を使う音が鳴り、ファイが覗き込むと蘇摩が漬物を切っていた。
「たくあんです」
「うーん……オレは、ちょっとそれ苦手かも……」
「日本国にも漬物が苦手な人はたくさんいますよ」
申し訳なさそうにするファイに蘇摩が笑いかけた。
「あ、いけない。新しいお皿が届いているんでした。取ってきますね」
包丁を置いて蘇摩が台所を出て行く。
「そうだ。ファイさん、その袋の中にりんごがありますから、食べていいですよ」
その袋、と戸棚の下を指差した。
わーいと言ってファイが袋を開いてみると、中には丸いものが二つ入っていた。
「あれ、どっちがりんごだっけ」
一つは赤いの。もう一つは茶色いの。
赤いほうはつるつるしていて、茶色いほうはがさがさしている。
りんごは阪神共和国で食べたのが最初で、そのときは赤かった。
でも小狼君は黄色いのがりんごだと言っていたし、他の次元で食べたりんごは細長いのや平べったいのもあった。
どっちだっけ、と思いながら手にとってみてもわからないので直感を信じて右にある方をりんごだと決めた。
決めたのは茶色くてがさがさする皮がある方だ。
これまでのりんごは皮ごと食べても大丈夫だったけど、この皮は食べられそうにない。
表面の茶色い皮をぴりぴりと剥くと中は白くてりんごっぽい感じがした。
てっぺんは尖っているので、側面から何のためらいもなくかじりつく。
そしてその瞬間にファイは膝から崩れ落ちた。
「お待たせしま……ファイさん!? どうしたんですか!?」
戻ってきた蘇摩がファイに駆け寄る。
「ファイさん!? どこか具合が悪いんですか!?」
必死で問う蘇摩が医者を呼ぶべきかと立ち上がろうとすると、ファイの足元に転がる塊を見つけた。
まさか、と思いそれを手に取る。
「あの、もしかして」
そのときがたんと音がして蘇摩が振り返ると台所の入り口に黒鋼が立っていた。
うずくまるファイと心配そうな蘇摩を見て、血相を変えて何があったと聞く。
「いえ、あの」
「どうした、おい、答えろ!」
強引に黒鋼がファイの肩をつかむ。
するとファイは涙目で
「からいよぅ……」
とだけ言った。
「はぁ?」
「黒鋼、ファイさんは大丈夫ですよ。これをりんごと間違って食べてしまったみたいです」
蘇摩の手にあったのは玉ねぎ。
調理された玉ねぎしか見たことがなかったファイには、りんごとの区別がつかなかった。
甘い味が口に広がることしか考えていなかったために丸かじりのダメージはあまりにも大きすぎた。
「玉ねぎを生で?」
「えぇ。すいません、私の不注意でした。同じ袋に入れたのは私ですから……」
「いや、ただこいつが馬鹿なだけだろ」
ひどいよーと嘆くファイに黒鋼は呆れてため息をついた。
ファイは蘇摩に水をもらってもまだ涙目で辛いと繰り返している。
具合が悪いのではないとわかると、黒鋼も蘇摩も顔を見合わせて苦笑する。
そしてそのあと台所ののれんに顔をうずめて辛い助けてと訴えるファイを見て、二人して呼吸が困難になるほどに、笑った。
End