空間的狼少年

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21.最高の親友


外で元気に兎たちと駆け回るてゐは私の呼びかけを全く聞いてくれない。
そろそろ暗くなるから迎えに来てあげたのに、てゐは遊びに夢中だ。

「ねー。もう帰ろうってばー」

何度目かの呼び声も無視される。
最初は気にしてこっちを見ていた兎も私なんていないみたいな態度だ。
竹林から見る夕焼けもきれい、なんてぼんやり考えて、もう一度てゐを呼ぶが、やっぱり無視される。
あの大きな耳は飾りなのかしら。
ふわふわの、まっしろなやわらかい兎の耳。

「てゐ! そろそろ帰らないとまずいんだって!」

それなりに長く生きているはずなのに、てゐはその容姿の通りこどものままだ。
わがまま言って、いたずらをして、嘘をついて。
それに振り回される私は苦労ばかりで、だけどてゐを嫌いになったことは一度もない。

「兎もほら、巣に帰りなさい」

てゐの周りで跳ね回る兎たちを追いやるが、それぞれがばらばらに動くのできりがない。
私だって力のある月の兎なのに、地上の兎はまったく私の命令に従わない。

「いい加減、帰らないと師匠に怒られるわよ!」

師匠の名を出すと、てゐはぴたりと動きを止めた。
白い耳が緊張している。

「師匠に私を連れて帰るように言われたの?」

「そうよ」

しばし黙ったままだったてゐは不意に私の目の前にぴょんと跳んで来た。

「じゃあ、怒られるのは私を連れて帰れなかった鈴仙だけね」

「んな……!」

逃げろ! と叫んで兎たちと駆け出したてゐを追って竹林を走る。
このままだと本当に私が怒られてしまう、それだけはなんとしてでも避けたい。
けれどすばしっこいてゐはなかなか捕まらなくて、私もだんだん疲れてきた。
竹に手を付いて呼吸を整えていると、とつぜん背中に衝撃を受けた。

「もう終わり?」

背中にしがみついて意地悪く笑うてゐの長い耳を掴むと痛いと言って暴れた。

「あーもう、あんたは私を困らせて楽しいの?」

「楽しくないことなんかしないしー」

くつくつと笑うてゐに、ため息をついて耳から手を離した。
てゐは兎たちに帰るよう指示して私の隣に立つ。

「さ、帰ろっか」

偉そうに歩き出したてゐの右手を握ると大きな瞳が瞬きをした。

「逃亡防止よ」

「ばれてたか」

「これ以上手間かけさせないでよ」

「まぁまぁ、友達じゃない」

「誰が」

「最高でしょ?」

「……ほんとにね」

霧でにじむ夕焼けは少し不気味だ。
その奥へと小さな手を握ったまま私は歩き続けた。

End