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大図書館は動かない 紅魔館の図書館は、吸血鬼の館だからなのかいつも薄暗い。 そんな暗澹とした図書館で、魔女は毎日飽きもせずに本を読んでいる。 たいては中央の机で身じろぎもせず無表情で文字を追っているが、魔法の研究をしたり魔道書を書いていることもある。 魔理沙が図書館を訪れると、顔を上げて嫌そうにため息をつく。 勝手に本を持ち出してそのまま返さないからだ。 全く返さないわけではないが、魔理沙は貴重な本は死ぬまで借りているつもりなので、ほぼ返していない。 パチュリーは本を、というよりも知識を何よりも愛しているから、それらが奪われることに苛立ちを感じていたが、人間の寿命は短い。 あと数十年もすれば返ってくるのだ、と半ば諦めの心で魔理沙の訪問を許していた。 それに自分と同じ読書家である魔理沙とはそれなりに話が合った。 この館にはパチュリーのように積極的に本を読む者はいないから、同じ本について話し合える人間がいることに、少なからず喜びを感じていた。 魔理沙は普段とてもうるさいが、一度読書を始めれば驚くほど静かだ。 帰ったのかと思ってパチュリーが隅のソファを覗きに行くほどおとなしい。 使う魔法は豪快で性格も大雑把で行動は破天荒な魔理沙がこんなにも無言でじっと本を読んでいるのが珍しくて、最初のころパチュリーは本を 読むのを中断して魔理沙を観察していた。 それに気付いた魔理沙が居心地が悪そうにするので、しだいに干渉せず読書にふけるようになった。 魔理沙は迷惑ながらも真面目な訪問者で、パチュリーは魔理沙を疎ましく思うこともあるが、来るなと言ったことは一度もない。 知識は広く共有されるべきだとパチュリーは思っている。 幻想郷にこの膨大な知識を自ら求めやって来る者は滅多にいない。 だからこそこうして嬉しそうに本を抱える魔理沙を見るのは気持ちが良かった。 自分と同じく知識を愛し貪欲に求める魔理沙を好ましく思うようになっていたのだが、最近の魔理沙はどうにも様子がおかしい。 いつものようにパチュリーは中央の椅子に、魔理沙は勝手に中央に近い位置に移動させたソファに座って本を読んでいた。 魔理沙は喉が渇いただとか腹が減っただとか注文してくることが時々あった。 そんな要求ならば小悪魔に任せて自分は読書に集中できていたのだけれど、最近の魔理沙はやけにパチュリーに話しかけてくる。 おすすめの本はないかとか、あの本の解釈の仕方はこれであっているかとか、新しい魔法の実験を手伝って欲しいとか。 これまでは来たときと帰るときくらいにしか会話はしていなかったのに、どうしてだかそわそわとした様子でパチュリーに話題を持ってくる。 不思議に思いながらもいちいち答えてやっていたが、その頻度が増えてきたのでパチュリーも不審に思い始めた。 「ねぇ、どうして最近そんなに話しかけてくるの?」 小悪魔に紅茶を持ってくるようにと頼むついでに魔理沙に聞いてみると、魔理沙は慌てたようにクッションを抱いた。 「いや、別に、理由は……」 「話がしたいだけなら咲夜のところにでも行って」 魔理沙のことだから何か企みがないとも言い切れない。 またどこかで異変が起きていて、その情報を引き出すために話かけてくるのかもしれない。 でももしそうなら、魔理沙は回りくどく聞いてきたりなどはしないはずだ。 「誰かと雑談がしたいわけじゃないんだ」 「じゃあなに? 魔法のこと? それとも異変?」 「違う。そうじゃなくて、単に話をしたくて」 「だから、それなら咲夜のところに行って。お菓子も出してくれるわ」 そう言うとまた、そうじゃないと返される。 意図を理解できなくて首をかしげて小悪魔の用意した紅茶をすする。 魔理沙にも同じものを用意したけれど、口をつけずにクッションを抱いたままうつむいている。 「お前のこととか、なんでもいいから話せよ」 「私のこと? ただの人間に私の知識を披露するのはもったいないわね」 冗談めかして言うと魔理沙はさらにクッションを抱く力を込める。 「知識じゃなくて、だから、お前の好きなものとか、そんなんでいいんだ」 そう言われてようやく気付いた。 彼女はコミュニケーションを取ろうとしているのだ。 しかしなぜお互いのことについては無関心でいたのに、突然そんなことを気にするようになったのだろう。 パチュリーは本にしおりを挟んで席を立ち、魔理沙の隣に座る。 一瞬、魔理沙の体が強張るのがわかった。 「どうして、そんなこと聞くの?」 やわらかいソファに身を沈めて問うと魔理沙はそわそわと居心地が悪そうにしている。 いくら知識を多く持っていようと、いつまでたっても人の心は不可解だ。 行動や仕草から読み取ろうとしても結局のところ本心はその人だけのものだ。 「知りたいから聞いてるんだ」 「だから、どうして知りたいのか聞いてるの」 「そんなの、お前くらい頭が良ければ分かるだろ!」 顔を赤くして声を荒げる魔理沙に、パチュリーはびっくりして、そして魔理沙の意図を理解した。 まさか、そんな感情を魔理沙が持っているなんて思ってもみなかった。 だけど目の前の魔理沙は赤い顔で泣きそうになっている。 それが紛れもない事実で、パチュリーは困惑しながらも、その変化を哀れに思った。 「そうだったの。気付いてあげられなくてごめんなさい」 優しく言ってやるとうつむいていた魔理沙がおそるおそる顔を上げる。 少し怯えたような、その表情を見てパチュリーは衝動的に魔理沙に手を伸ばした。 そっと魔理沙の頬に手を当てて、唇がくっつきそうなくらい顔を近づけて囁く。 「魔理沙は、こういうことをされたくて、ここに通ってたの」 とたんに耳まで顔を赤くして後ずさる魔理沙の手を掴み引き寄せる。 「かわいい人間。こんなことで動揺してる。抵抗しないの?」 意地悪く尋ねると魔理沙はゆるゆると弱い力でパチュリーを押し返した。 うつむいて涙を浮かべている。 やりすぎたかと思いパチュリーが髪を撫でると魔理沙はいきなり立ち上がった。 「……帰る」 「否定もしないのね。そんなことが目的だと言うなら、もうここへは来ないで」 冷たく言い放つと魔理沙は深く帽子をかぶり直して顔を隠した。 「私はあなたに本を貸しているだけ。それ以外の理由であなたと関わるつもりはない」 本棚に立てかけていた箒を震える手で掴む。 「あなたが私を知りたいと思っても、私はあなたを知りたいとは思わない」 幼い人間は長命の魔女の言葉を背中で受け、箒を引きずって出口へ向かう。 「そんな感情を持ったまま、この図書館には入らないで」 泣いているのだろうか、魔理沙は早足で図書館から出て行った。 残されたパチュリーはソファに倒れこみ、魔理沙の抱いていた、あたたかい温度の残されたクッションを枕にする。 魔理沙を傷つけてしまったことを悪いと思わない。 パチュリーもまた、魔理沙に裏切られたと思っていたからだ。 魔理沙はパチュリーにとって同じ魔法使いとして魔法を研究し、知識を共有し合える人間だった。 二人の間にに面倒な関係性は介在しないし、ただお互いの魔法をより良いものにするための、それだけの存在であるはずだった。 それなのに魔理沙はパチュリーに特別な感情を抱いてしまった。 パチュリーからすれば、それはひどい裏切り行為だった。 「だから人間は嫌なのよ」 ぼそりと呟いて魔理沙のきれいな金の髪を思い出す。 パチュリーがここで本を読んでいる間に、人間は死んでいく。 短い寿命の中で人間は日々変化していく。 今こうして魔理沙がパチュリーに想いを寄せていても、あと数年もすれば魔理沙は別の人と一緒になっているだろう。 そんな面倒ごとにパチュリーは付き合うつもりなど無かった。 この館で本を読んで魔道書を書いて、たまにレミリアの起こす問題に巻き込まれて、そうして生きて、死んでいくつもりだった。 だから魔理沙が最初にこの図書館に現れたときと変わってしまったことが、それを拒絶しなければならないことが、パチュリーには悲しかった。 「今度来るときは、なんでもない顔で来てくれればいい」 そうしたら今日のことは無かったことにして、また一緒に本が読める。 甘い紅茶の香りに包まれてパチュリーは目を閉じた。 End
魔理沙を乙女チックに!とのことでしたので乙女にしたら、パチェさんから乙女度が消えた