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※学パロ
まどぎわのれいむちゃん
「じゃあ放課後、図書室で!」
霧雨魔理沙の声は廊下で話していても教室の端の私にまで聞こえるくらいよく通る。
隣のクラスのアリスとパチュリーと放課後の予定について話していたらしい。
一学期も今日で終わり、明日から夏休みだ。
期末試験からも解放され学生はみんな浮かれている。
「霊夢さん、おはようございます」
声をかけられ隣を見ると早苗がハンカチで汗を拭いていた。
「朝から暑いですね」
汗をかいてはいるけど、なぜだか早苗からはいつもいいにおいがする。
清潔感のある落ち着いた香り。
「そうね、ホームルームが始まる前にクーラーつけといて欲しいわね」
7月の中旬からクーラーが使用できるようになるまで、教室は嫌になるくらい暑かった。
私は窓際の席なのでまだましだけど、一番前の席の早苗はクーラーなしではさぞ暑かったことだろう。
でも早苗はそんなことは気にもせずまっすぐ前を向いて毎日真剣に授業を受けていた。
私の隣の席で堂々と眠る霧雨魔理沙と違って。
「そういえば霊夢さん、二学期からは私が委員長になるみたいですよ」
「あら、そうなの? 先生達は容赦なく仕事任せてくるからがんばってね」
そう言うと早苗は困ったように笑った。
入学して、私は早苗が最初の学級委員長になるものだと思っていた。
早苗は中学の頃から成績優秀で物分りが良く教師からも友達からも信頼されていたから。
それが昔なじみの教師である紫が新入生のリストの中に私がいるのを見つけて、知り合いだからという理由で
私を委員長にしてしまっていた。
私は一応不満を言ったけど、どうせそのうち回ってくることだろうからとなだめられた。
委員長の仕事をすることが嫌なんじゃないのに。
「そろそろ先生来ますね」
早苗は授業開始の少し前には席に着くようにしている。
ベルと同時に教室に駆け込んでくる霧雨魔理沙と違って。
「あーあ、今から終業式かぁ。体育館暑いだろうなぁ」
ため息をついて机に突っ伏す。
体育館は夏はとても暑く冬はとても寒い。
建物としては最悪だと思う。
「だよな、終業式なんて教室でやればいいのに」
早苗に言ったつもりだったのに顔をあげると早苗はもう自分の席に座っていて、代わりに霧雨魔理沙が私に返事をした。
「いや、むしろ終業式なんてやらずに夏休みが始まればいいんだ。委員長もそう思うだろ?」
彼女は私を委員長と呼ぶ。
私は委員長だから間違ってはいないけれど、二学期からはどうするつもりなんだろう。
博麗さん、なんてよそよそしく呼ばれるのだろうか。
「そうよね。どうせたいした話もしないものね」
確かに、と彼女はからからと笑った。
霧雨魔理沙はよく笑う。
誰と話していても常に笑顔だ。
誰と話してもつまらなさそうな私と違って。
「はい、じゃあみんな席につけよー」
担任の慧音先生が入ってきたので教室のざわめきも落ち着き、蝉のうるさい鳴き声はほとんど窓が遮ってしまったので、
先生の声とクーラーの稼動音がだけが私の耳に響いていた。
「じゃあ、また連絡しますね」
「うん、私ずっと暇だからいつでもいいわ」
終業式が終わり、早苗と食堂で昼食をとったあと一人で私は教室に戻った。
食堂で先生に教室の掲示物をはがすことと、ロッカーに何もないことを確認するように頼まれたのだ。
委員長最後の仕事。
早苗が手伝ってくれると申し出てくれたけど、早苗は帰る方向も違うし、バスが来る時間も迫っていたので断った。
生徒はほとんど帰宅していて、残っているのは部活のある人たちだけ。
すれ違う生徒は皆それぞれ授業中には見せない生き生きとした顔で部室に向かっていった。
私の教室は1-Bで、二階の真ん中にある。
おそらく誰も残っていないだろうと思い切り扉を開けると、教室の中からがたんと派手な音がした。
「……びっくりした。何だ、委員長かよ」
机の下から霧雨魔理沙が恐る恐る這い出てきた。
びっくりしたのはこっちだ。
「何してるの?」
「ケータイ使ってたから。先生かと思ってびっくりしたんだよ」
「あら、それはごめんなさいね」
頭を打ったらしい魔理沙が恥ずかしそうに携帯電話を閉じてポケットにしまった。
「委員長はどうしたんだ? 忘れ物か?」
「ううん、掲示物はがすのと、ロッカーのチェック…ってちょっと、これ」
あらかじめ先生からロッカーのものは全て持って帰るように言われていたので、誰も何も残していないだろうと思っていたのだけど。
「チェックなんてするのかよ、いいじゃん、置いてても」
彼女は不満そうに机に座って腕を組んだ。
どのロッカーもきれいに空っぽなのに、彼女のロッカーには以前と変わらずなだれてきそうなくらい物があふれていた。
持って帰る気なんてはじめからなかったらしい。
「だめよ。この教室、夏休みのあいだに使うらしいから」
「えー、でもこんなにたくさん持って帰れないぜ」
「だから前々から持って帰るように言われてたじゃない」
壁の画鋲を抜いてケースに入れて時間割表をはがす。
しんとした蒸し暑い教室には私と彼女しかいない。
少しだけ気まずい居心地の悪さを感じた。
「いや、でも、現実的に考えろ。無理だ、まず鞄に入らない」
ぶつぶつと独り言を呟くのを聞きながら私は心のすみにある協力的な気持ちをどうすべきか考えていた。
任された責任も彼女の事情もどうでもいいことだ。
それに彼女には友達がたくさんいるから、わざわざ私が名乗り出てどうにかするようなことでもないと確信していた。
黙って彼女が一人で解決するのを見守っていればいい、はずなのに。
「なぁ、一緒に持って帰ってくれよ」
そう言われた瞬間、画鋲を入れたケースを落としかけた。
本当に頼られるなんて思っていなかった。
「……アリスと、パチュリーは?」
「あー、パチュリーはレミリアの買い物に付き合わされることになって帰ったし、アリスも私と家の方向逆だし。
委員長、私と帰る方向同じだろ?」
「同じなの?」
「前に同じ駅で降りるの見た」
「声かけてくれればよかったのに」
「混んでたから」
だから頼む、と両手を合わせる彼女を放って帰るほど私は冷たい人間ではない。
面倒なことを頼まれるのには慣れているし、家の方向が同じなら面倒とすら感じない。
それなのにどうにか拒否したいと思う理由は単純で、私が彼女とそう仲良くないから。
席が隣同士だったからそれなりに話もしたし、教科書を忘れたときは机をくっつけて見せ合ったりもした。
でも休み時間や教室移動で行動を共にしたことは無い。
彼女は誰とでも仲良く出来るから誰とでも一緒にいられたし、それにみんなも彼女を自分のグループに入れたがっていた。
何に対しても受動的な私と違って。
無理に会話を続けるのも嫌だし、ずっと黙ったままなのも嫌だ。
けど、クラスのリーダー的存在でもある彼女に悪い印象をもたれるのはもっと嫌だ。
「これ、片付けてからでないと……」
「画鋲はがしていけばいいんだな? 任せろっ」
まだはっきり返事をしてないのに彼女は机から飛ぶようにこっちへ来た。
助かるよ、と真夏の地平線みたいな笑顔で私にお礼を言う。
その光で私が消し去られてしまえばいいのに。
「委員長、画鋲のケースは?」
「ねぇ、私、もう委員長じゃないの」
ケースを渡すと彼女は首をかしげた。
「二学期からは早苗が委員長になるの。だから私、もう委員長じゃないわ」
「そっか、なら、ええと」
「霊夢よ」
「あ、あぁ、うん、知ってる。霊夢。じゃあ、その、私も」
「え…っと、あ、そうね。あら、そういえば」
「魔理沙だ」
「そう、そうね、知ってるわ。私、あなたの名前呼んだことなかったのね」
からん、からんと画鋲がぶつかる。
締め切られた窓の外では運動部が元気に走り回っている。
魔理沙の横顔と私の横顔はくっつけたら同じ顔になるかもしれない。
そんな気がしたから掲示物をまとめる手も早まった。
続く