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空間的狼少年

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※レイマリ←アリ前提	

虚実混沌 


昨日、魔理沙にある魔術の本を貸してくれと言われた。
できるだけ早くくれ、私が死んだらすぐ返すから、とあまりにも図々しい言い方で。
呆れながらもいつものことなので、私は人形に本を探させて彼女のもとへ向かうことにした。
行って帰るだけなので人形は家でお留守番。
ふわふわと不思議に弾む心で魔理沙の家に着いた。
本を渡したらきっと凄く喜んでくれるに違いないわ。
さらさらの金色の髪を興奮に染めて、さすがアリスって言ってくれるのよ。
それから、お茶の一杯くらいは出してくれるかしら。
鮮やかな紅茶の葉を使った、オリジナルの甘いお茶。
それともこの間のような、ちょっぴり背伸びしたブランデーかしら。
もしかしたら昼ご飯でも食べて行けって言われるかも。
だってそのためにお昼時を選んだのだもの。
ステップを踏みそうな足取りで玄関に向かうと、まだノックもしていないのに扉が開いて魔理沙が現れた。

「あ、魔理沙。頼まれてた本なんだけど…」

「おーアリス、さすが早いな! 助かるぜ!」

はじけそうな笑顔で本を受け取り、しきりにお礼を述べる。
つられて私も笑みがこぼれ幸せになれる。
この瞬間を待ち侘びていたのだ。
私は魔理沙と同じ空間に立つだけで体中が淡く火照る。
うまく言葉が出てこないけど、私はそのもどかしささえ愛しく思われた。
それなのに雑談を交わしていると、魔理沙の後ろから、ひょっこりと紅いリボンが見えた。

「あら、アリスじゃない。魔理沙ったらまた人に迷惑かけてるのね?」

辛辣な言葉と共に現れたのは、博麗霊夢。
今日も艶やかな黒髪を見せつけてくれる。

「何だよ、私がいっつも迷惑かけてるような言い方するなよ」

「だって私には毎日迷惑かけてるじゃないの」

本心からの言葉なのに柔らかい口論。
私はこんな光景を見に来たのではない。
一度強く拳を握り締めて、私は必死で笑顔を取り繕った。

「霊夢、久しぶりね。元気だった?」

朗らかな調子で挨拶をしたのだが、こちらに視線を向けた霊夢の瞳はひどく冷徹だった。
軽蔑するような真っ黒の瞳に私は身を引かざるを得ない。
こんな人間如きに畏怖の念を抱くなんて、と歯を強く噛み締める。
汗ばんできた手を拭おうとしたが、それは敗北を意味するのではなかろうか。

「なぁ、アリス。今から私たち飯食いに行くけど、一緒に行くか?」

一触即発の間に割って入ってきた無邪気な魔理沙が私に提案を持ちかけた。
きらきらといつもと変わらぬ輝きを放ち、私の前に現れる。
その光を霊夢は、根こそぎ奪っていってしまうのだ。
残滓すら彼女はすべて吸収する。
私が魔理沙と残した記憶をすべて、自分の色に塗り替えてしまう。
貪欲な嫉妬心が彼女を覆っているのが私の目にはっきりと映った。
あれはコールタール状の、汚染物質だ。

「……遠慮しとくわ。まだ命は惜しいから」

「ん?」

「いいえ、何でもない。お昼ご飯なら、今人形に作らせてる最中なの。誘ってくれてありがとうね」

そっか、残念だな。
そう言って箒を取りに行った魔理沙の後姿を眺めていると、霊夢が私の隣へやってきた。
普段は決して感じられない彼女の残虐性を垣間見た私は些か体が強張るのを感じた。
しかし先程のような冷淡な様子は見受けられない。
私は少しだけ安心して、彼女に対して敵意はないのだと表明しようとしたときだった。

「賢明な判断ね」

見惚れるような笑顔で彼女は私の肩を軽く叩いた。
彼女が魔理沙にするような、気軽な動作。
その笑顔と彼女の周りを取り巻くコールタールが恐ろしくて、私は目を見開いたまま一目散に飛び去った。
きっと彼女は邪魔者が消え失せたことに大いに満足していることだろう。
暑くもないのに私は激しく発汗しており、認められない事実が頭の中を渦巻いていた。
空気を咀嚼しながら適当に飛び回り、適当な遊歩道に降り立った。
全力で飛んできたことよりも、必死で呼吸していたことに私は疲れていた。
深呼吸して体を落ち着かせ汗を拭う。
私は何か罰を与えられるべき悪事を働いてしまったのだろうか。
私は罪悪感に苛まれるべきなのだろうか。
ずるずると木にもたれて座り込んで、たった五分にも満たない出来事を整理する。
魔理沙に頼まれた本を持っていってあげた、それだけのことではなかっただろうか。
携えていたのは親切心だけで恋慕の情はもっと内の方で燃えていたはずなのに。
いくらか逡巡し、ぐっと地面に爪を立てて恥を紛らわす。

「おやぁー失恋ですかぁー」

突然間の抜けた声が落ちてきて私は顔を上げた。
木の枝に、一匹の天狗が止まっている。

「可哀想に…。いくらアリスさんと言えども、あの霊夢さんに勝てるわけないですよ」

「……相変わらず悪趣味ね」

「悪趣味は私のアイデンティティですから」

天狗、射命丸文は私の前に立ち、ペンをマイクのように向けてきた。

「ささ、霊夢さんに惨敗した可哀想なアリスさん! 感想をどうぞ!」

顔をしかめて鬱陶しい天狗から逃れようとペンを払いのけた。
今までも何度かあったことだ、黙秘して逃げ切ればいい。
だが冷静な思考は却下され、惨敗という言葉に、かっと血が頭に上り私は文の首を掴み背後の木に
押し付けた。
強い衝撃に文は苦しそうな息を漏らしたが構わず締め上げる。
酸素が行き渡らず文は手足をばたつかせるも無駄な抵抗に終わる。

「そうね、私は惨敗して可哀想なのよね。なら慰めてくれる?」

声にならない声を上げて文は逃れようと私の手を引っかく。
気に入らない行動に私はさらに手に力を込め、もう片方の手で文の短い髪を鷲掴みにする。
暫時そのままの状態が続いたあと、頬を叩いて強く閉じられた目を開けさせ、ほとんどゼロになった
距離で私は囁く。

「じゃあ、あんたが代わりになってよ」

ざぁ、ざぁ、ざぁ。
森がどよめき、その奥から白いものが近付いて来るのが見えた。
邪魔をされる気分とはこういう感じか。
何となく霊夢の感情の一部を理解した気がして、嫌悪感から手の力が緩んだ。
その隙に文は私の腕から逃れ、飛んできた白いもの、犬走椛の背後に隠れた。

「あ、文さん!? 大丈夫ですか!?」

咳き込む文の背中をさする椛が私をにらみ付ける。
文に制されるが、私と上司を何度も見比べ、やはり私を加害者とみなした。
一気に興が冷め、困惑の色が見える椛に素敵な上司を持って羨ましいわ、と言っておいた。
文はと言えば未だに目尻に涙を浮かべ、うつむいている。

「演技も上手なのね」

「…人の首を思い切り絞めた後のセリフがそれですか」

「だってあんたが抗えないわけないじゃない」

「ま、そうですね」

開き直って文は苦しさの欠片も見せず立ち上がった。
やっぱり演技だったか。
もっと思い切りやればよかったとひどく悔やまれる。
椛に心配されながら、文は飛び立つ姿勢に入った。

「アリスさんって、なかなか面白いことしますね。見直しましたよ!」

椛と共に飛び上がると、常備しているメモ帳をひらひらと見せペンをしまう。

「お礼に今日のことは記事に書かないでおいてあげますね」

お礼でも何でもないと言う前に文は椛の手を引いて飛び去った。
残った風が砂を撒き散らし、私の目に入り込んだ。
舌打ちをして目を擦ると痛みが眼球の奥を刺激した。
生理的に流れる涙で砂を洗い流し踵を返すと同時に、背後から強い風を感じた。

「言い忘れてました。なってあげてもいいですよ、魔理沙さんの代わり」

振り返っても真っ青な空しか見えないのは分かりきっているので、舞い上がった砂埃から目を庇うことに専念した。
今日は、面倒なことが起こりすぎたと思う。

End