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懐柔巫女と洗脳人形師
今日の神社での宴会もいつも通り騒がしく楽しく行われた。
宴会をするときは霊夢がみんなに知らせて回らなくても、神社にはなぜか勝手に人が集まる。
人間も妖怪も幽霊も関係なく酒を飲み、時には弾幕勝負が行われたりなんかしながらも、みんな平和に親睦を深めていた。
霊夢はその様子を遠巻きに見ながら、縁側でひとりお茶をすすっていた。
さっきまで紫と幽々子につかまっていたので少し休憩取ろうと、こっそり抜け出していたのだ。
夜の風に吹かれて火照った顔を冷やしていると、風のように霊夢の前にひとりの少女が現れた。
「宴会の途中に、ひとりでお茶なんて飲むの?」
透き通った声の主はアリス。2,3の人形を従えて片手にワインを持っている。
「そういう気分なのよ。人形劇はもう終わったの?」
アリスは最近あまり宴会に出席していなかったため、今日は妖精たちから人形が動くところが見たいとねだられて、魔法で操る人形劇を披露していた。
本人は全く乗り気ではないようだったけど、妖精たちは見入ってしまい、もっともっととアンコールされ、面倒くさそうな表情をしながらも妖精たちの相手をしてやっていた。
「あの子たち、しつこいのよ」
疲れたように笑ってアリスは霊夢の隣に座った。
「ね、ちょっとお話しましょうよ」
アリスは大人びた顔をしているけれど、ときどき子どもが悪巧みをしているような表情を見せる。
それは霊夢にしか見せない表情だ。そんなときの話題はいつも決まっている。
「……嫌って言っても勝手に話し出すくせに」
霊夢が呆れて言うと、アリスは楽しそうに笑う。
「今、霊夢にとっても話したいことがあるの。猫の話よ」
霊夢とアリスはそれほど交流は深くない。
霊夢はアリスの扱うような魔法には興味が無いし、アリスも霊夢の扱うような能力には興味が無い。
お互いにほとんど無関心で、顔を合わせるのは宴会の日くらいだった。
「私の家に猫がよく遊びに来るの。かわいくて、きれな猫よ。だけどちょっと意地っ張りで、あんまりなですぎると機嫌を損ねちゃうことがあるの。
でも私が謝っておやつを出してあげたら、すぐに嬉しそうに擦り寄ってくるのよ」
うっとりした顔でアリスはワインを舐める。
アリスに関して悪い印象は持っていない霊夢だったが、この猫の話をするときのアリスが、霊夢は大嫌いだった。
「ちょっぴり図々しい猫でね、私のことをおやつをくれる人って覚えちゃったみたいで、お腹が空いたら私のところへ来るの。
迷惑だなんて思っていないわ。だって私はその猫のことが大好きなんだもの。
だからなでて欲しそうなときは膝に乗せて満足するまでなでてあげるし、お腹が空いたらおいしい料理を作ってあげる。
いっそ私の家に住んじゃえばいいのに、礼儀を大事にするみたいで、帰るときは私にちゃんとお礼を言って帰るの」
かわいいでしょう? と目を細めて笑いかけるアリスに霊夢も笑顔を返した。
いつもこうして猫の自慢話を聞かされる。あてつけのように。
聞きたくないなんて言えば負けを認めているようなものなので、嫌々ながらも霊夢は宴会のたびに聞かされる自慢話を黙って聞いていた。
けれど今日はこのまま引き下がれない、と霊夢は思った。
いつもは笑って、可愛い猫ね、と同意するだけで終わらせていたけど、今日のアリスの発言は許せなかった。
「住んじゃえばいい」という言葉は、霊夢にとって絶対に許せないものだった。
「その猫ね、最近気付いたんだけど、私のところへ来る猫と同じ猫だと思うの」
霊夢は残り少ないお茶を湯飲みの中で揺らしながら話し出した。
「私のところに来る猫も、図々しいのよ。
私が許可していないのに勝手に家の中に入ってくるし、ご飯の時間にはいつもいるし、夜になっても帰らないどころか一緒に寝て朝ごはんまで要求するの。
私はあなたと違って、猫に餌なんてやるつもりはないんだけど、こんなに私に懐かれたら追い出すにも追い出せなくて。
それに、一緒に寝るとあったかいし。ときどき山菜も採ってきてくれるから、たぶん、ご飯も私と食べたいみたい。
私が飼ってるわけではないんだけど、私の家に入り浸ってるから、私が責任を持ってちゃんと躾もしてるのよ。余所で悪さをしたら、私が怒られることになるから。
私のせいじゃないのに。アリスのところでは悪さしてない?私が躾けたから、いい子でいるわよね?」
先ほどのアリスのように笑いかけた霊夢に、アリスは強い目で語る。
「えぇ、いい子にしてるわ。でも別に霊夢が躾けたからではないと思うの。だって猫って賢いのよ? あの猫にとって私は欲しいものを何でも与えてくれる存在なの。
そんな人の前で悪さなんてするはずないじゃない。だって私がいればあの猫は満たされるんだもの。それに猫は誰かに従ったりしないわ。
霊夢は自分が躾けたと思っていたとしても、猫は霊夢に躾けられたなんて思っていない。自分で効率的に餌をもらう方法を考えただけよ。
一緒にご飯を食べたいとも思っていないわ。料理を作って欲しいだけよ。
それから、猫と一緒に寝るのは良くないんじゃないかしら。霊夢、寝返り打って下敷きにして潰しちゃうかも」
ワインの赤い色が威光を放っているような気がした。
しかし霊夢は怯むことなく穏やかに笑う。
「与えられるばかりじゃいつか飽きてしまうわ。特に猫はね、自力で生きていると考えているから。
アリスは餌として求められるだけでいいって思ってるんでしょう? だから出て行かれちゃうのよ。外に生きたいと思った猫をそのまま手放すんだから。
私のところにはうっとうしいくらい居座ってる理由が分かる? 私がそうさせたのよ。あなたはその猫を猫として見ているんだろうけど、私は猫を猫として見ていないの。
だってそうでしょう? それは猫じゃなくて、人間なんだから」
ぴしりとアリスの持つワインにヒビが入った。
幸い中身が漏れるほどではなかったが、砕け散るのも時間の問題だ。
「そうね、いい加減にこんな馬鹿げた例え話なんてやめましょうか。私は妖怪なんだから人間の上に立って当然なの。だけど決して見下しているわけではないわ。
寿命の短い人間に、命の弱い人間に、あげられるものは全部あげてしまいたいの。そうすれば妖怪と人間でも、距離は縮まるから。
恐れられる対象ではなくて、私のそばにいれば安全を得られるって思って欲しいの」
冷たいお茶を一口飲んで、霊夢はあくまで平静を崩さず落ち着いている。
「無理よ。だってアリスは人間を見下しているじゃない。だから与えたいと思うんでしょう? 見下していなければそんなこと思うはずないわ。
そんな妖怪を安全だなんて思うはずがないでしょう?
私は同じ人間だから、私の持っているものを与えようとは思わないし、もらいたいとも思わない。同等だから。
あなたが猫に例えた時点で、あなたは人間を見下していたの。それに気付けないくらい人間を哀れんでいるの。そんなんじゃ人間は寄り付かないわ。
人間は人間のそばでしか生きられない。だからあの子は私のところへ来るの。同じ時を生きられる、私のところへ」
ぱりん、と音を立ててグラスは割れた。
中身がこぼれ、アリスの手から滴り落ちるのを人形がハンカチで拭う。
「ずいぶん勝手なことを言うのね」
「あんたもね」
グラスの破片を払いのけてアリスが立ち上がる。
アリスは無表情で霊夢を見つめ、霊夢はにこりと笑ってアリスを見つめる。
向こうの方で歓声が沸き起こった。どこぞの鬼が酒の一気飲みでもしたのだろう。
人形はぴたりと停止し光のない瞳を空に泳がせている。
風さえもが動きを止めてしまった二人の間を、快活な声が割って入った。
「霊夢にアリス? こんなとこで何してるんだ?」
その声を聞いたとたんアリスは見ほれるほどの笑顔を見せた。
「あら魔理沙。ちょっとね、今、霊夢と猫の話をしていたのよ」
「猫? お前、猫なんて好きだったか?」
「えぇ、だいすきよ」
ふぅん、と酔いが回って頬を染めた魔理沙が意外そうにうなずいた。
「猫として見るしかないのよ。私は妖怪なんだから」
ぼそりと呟いた言葉は霊夢にしか届かなかった。
END
リクエストの「霊夢とアリスのが仲良く話しているけど、内容は全部魔理沙のこと」でした