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14.本当に求めているもの
チィは自分が生まれたときのことを覚えていない。
気づいたらその姿で、その声で、ファイのそばにいた。
ファイはチィに言葉を教え、知識を与えた。
それによってチィは自分が人間とは異なる存在であることを知った。
ここはとても寒いところのようだけれど、チィはぜんぜん寒さを感じなかった。
ご飯も食べないし、深い水の中でずっと息を止めていても苦しくない。
ファイが読んでくれた絵本の中に出てきた人間は、寒いと凍え死んでしまうし、ご飯を食べないと飢え死にするし、水の中に行くと溺死した。
人間ってすぐに死ぬんだね、とファイに言うと、本当に、と悲しそうにうなずいた。
チィはお城のなかの、円状の深い深い水溜りのある部屋からは出ない。
ファイが、この水の底にいるもうひとりの「ファイ」のそばにいて欲しいと言ったから。
ここへ来るのはファイか、アシュラ王だけだ。
ときどきファイが寂しくはないかと尋ねるけど、チィはファイがいればそれで良かった。
でも、ファイはそうじゃなかった。
「ファイは、いつかいなくなるんでしょ?」
水面を眺めていたファイが驚いて宙に浮かぶチィを見上げた。
「どうしてそう思うの?」
「だってファイは、なんにも満足してないから」
「満足?」
「そう。チィがそばにいても、王様が優しくしてくれても、いつも寂しそう」
ファイの頬を両手で包むと、ファイはチィの頭に手を回してチィを引き寄せた。
そして笑ったファイは、やっぱり寂しそうだった。
「チィがいてくれなかったら、って考えると、すごく怖い」
「でも、ファイは……」
「なぁに?」
「ううん。なんでもない」
すぅっと離れてファイの隣に座る。
静かな音のない部屋は、きりりと張り詰めている。
ファイは、チィが欲しくてチィをつくったんじゃない。
チィはファイにとってひとつの通過点でしかなくて、ファイが見ているのはそのずっとずっと向こう。
だからファイはいつかチィを置いて出て行くだろう。
どんなに懇願しても、追い縋っても、ファイには何を犠牲にしても欲しいものがあるから。
チィは生まれたときのことを覚えていない。
ならば、消えてなくなるときも、自分のことすらわからなくなってしまえばいい。
温度のわからない手で触れたファイの頬は、とてもつめたく感じた。
END