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贋作
「次の一手はおまえだ」
そう命ぜられたカイルを、星火は痛々しく思った。
薄明かりの部屋で準備を整えるカイルを、哀れに思った。
カイルが次に向かう世界は高度な文明のピッフル国だ。
こちらの操作が効かなくなった砂漠の姫達には幸運なことであっただろう。
しかし文明が発達していればしているほど、こちらの罠は成功しにくくなる。
あの雪国でさえ、成功しなかったのに。
「どうして自ら彼らのもとへ行こうとするの」
星火が話しかけると、うんざりした顔でカイルが振り向いた。
「あなたはまた失敗するわ」
「わざわざそんなことを言いにきたのか?」
ランプの灯が彼の頬に揺らめく陰影をつける。
「無理なのよ。どんなにしたって、私達には、絶対に」
倉庫のような部屋だった。
誰も使っていないのに、どうしてか物があふれている。
両脇に大きな棚がいくつも置かれ、そこで用途不明のガラクタがせめぎあっている。
奥にはぼろぼろの机があり、カイルはそこに何か地図らしきものを広げていた。
机の真上には大きな平べったい目玉のようなものがぶら下がっている。
星火はそばにあった木彫りのうさぎに積もった埃をそっと吹いて散らした。
「どんなに計画を練っても無駄よ。私達は何も成功しないの」
「どうして断言できるんだ」
「失敗作が成功なんて、できると思うの?」
カイルは眉間にしわを寄せたが、すぐに馬鹿らしいと首を振って星火に背を向けた。
「あなたは失敗するわ。栄光を手にするのは、あの姫達よ」
「やってみないとわからないだろう」
「そんなことを言っていいのは、彼らだけよ」
カイルがランプの火を消した。
廊下から入るわずかな光だけが残った。
「ならどうして、飛王はわたしに行けと命じたんだ」
「だから何度も言ってるでしょう? 失敗作は、失敗しかしないの」
強い瞳でカイルが星火を睨み、その強さを受け流すように星火は視線を落とした。
そんな星火を見てカイルは大げさにため息をついて、ランプと地図を手に扉の方へ向かった。
星火が道を譲るように一歩下がると、すれ違いざまにカイルは星火にささやいた。
「それでも自分の裏切りだけは成功すると思ってるんだろう?」
その言葉に星火は目を見開いたが、すぐに無表情をつくろった。
誰もいなくなった倉庫の扉を閉め、カイルの後姿を見送る。
彼は失敗する。
終わってしまった夢には進む道などない。
「私の裏切りは、成功ではないの」
つめたい廊下に呟きが落ちる。
「私も、ニセモノだから」
カイルは失敗する。
そして自分の願いも失敗する。
「何も望んではいけないの。些細な成就も願ってはいけないの」
無様に帰ってきたカイルにどんな言葉をかけるべきか。
まだ出発もしていないニセモノの男に、星火は哀れみの微笑を向けた。
END