空間的狼少年

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毒を食らわば


私がそのような行動に出たことには、私がいちばん驚いている。
そんなことをしたいなんて一度も思ったことがないし、私はいつだって良識のもとにいる常識的な巫女だった。
ただ妖怪退治をしているうちに命というものを重く考えるようになっていたのかもしれない。
生まれたからには必ず人も動物も妖怪も死に、幽霊は消滅し、自然は枯れる。
永遠性を持つ命は存在しないし、存在したとしてもそれは私の時間の中にはない。
私も彼女もこの世に生を受けた以上は同じ終わりをむかえるだろう。
しかし私は彼女の終焉をこの目に見ることができるとは限らないし、また私の終焉を彼女が知らないままという可能性もある。
私はどうしてもそれが納得できなかった。
突然、何者かが、それが人であるか災害であるか病気であるかなどは関係なく、彼女の命を奪い去ってしまうことがあるとしたら私には耐えられない。
無残な彼女の最期を考えるだけで私の胸は数百本の針で刺されたような衝撃を受け、喉の奥で息が詰まり、涙がこぼれる。
その仮想がいつか現実になるとわかっていて、どうして私は何も恐れずに彼女の隣で笑っていられるだろうか。
夏が近づき日も長くなったある日、私は倉庫で見覚えのない小瓶を見つけた。
いつからあるのか知らない、もしかしたら私がそのような考えを持つようになったから現れたのかもしれない。
何にせよ、私は小瓶を見つけてしまった。
劇薬注意。そう書かれた小瓶を私はそっと懐にしまった。



「今日の晩飯、霊夢にしてはやけに豪華だな」

「そうでしょ? たまには贅沢もしないとね」

生ぬるい風が開け放った窓から入って部屋を満たす。
並べられた食事を見て魔理沙は上機嫌で座布団を引き寄せた。
魔理沙は用がなくてもしょっちゅうこの神社に入り浸っているから、夜の食事に誘うなんて簡単なことだった。
私はそんなに料理が得意というわけではないけれど、食べることは好きだからいろんな料理を試していた。
失敗はほとんどしないし、出来も悪くないと思う。
だから誰かに自分の手料理を出すことに抵抗はないし、もっと食べたいと言ってくれる人も多かった。

「じゃ、いただきます」

魔理沙が丁寧に両手を合わせて箸を手に取った。
がさつで横暴な魔理沙だけど、こういう礼儀だけは心得ている。
食事の後も片づけは自分がすると申し出てくれるし、手土産だと言ってお酒も持ってきてくれた。

「これうまいな」

かぼちゃの煮物をかじって笑う魔理沙は無邪気で、人を疑うことなんてまるで知らないみたいな顔をしていた。
私はお礼を言って少し甘すぎる気もするかぼちゃを口に入れた。
それからいつも通りの会話をしながら魔理沙は私の出した料理を全部たいらげた。
みそ汁も、ほうれんそうのおひたしも、大根のサラダも、から揚げも、横に添えたレタスまで全部おいしいと言って食べてくれた。
私は嬉しかったけれど、今日彼女と会ってからずっと抱いていた緊張が高まっていてうまく笑顔を返してあげることができなかった。
お皿を二人で片付けた後、私は一人で台所に立った。
二つ並べた湯のみにお茶を入れて、棚の奥から例の小瓶を取り出す。
心臓の音がうるさくて苦しいけれどもうやめることはできない。
どうしてこんなことをしているのかと聞かれても知らないと叫んで泣き喚くことしかできない。
できるならここで魔理沙に泣いて謝りたかった。
優しい腕に抱かれて涙を流してしまえば恐れるものはなくなるはずだった。
だけど私はそんなに弱くはなくて、何でもないことにして小瓶を捨ててしまえるほど強くもなかった。
大きな岩にはさまれたみたいに苦しい胸をおさえて、私は二つの湯のみに小瓶の中の液を垂らした。

「魔理沙、お茶飲む?」

「あぁ、悪いな」

縁側に出て外を眺めていた魔理沙を呼んでまたさっきみたいに机をはさんで向かい合わせになる。
何を喋ればいいのかわからなくて私はうつむいて畳のしみを見ていた。
魔理沙はまだお茶には手をつけない。

「もうすぐ暑くなるな。そろそろ髪切ろうかな」

伸びた金色のきれいな髪を撫でながら魔理沙が話し出した。

「霊夢も暑そうだなぁ。なんなら私が切ってやるぜ」

「…………」

「……なぁ」

魔理沙の声が静かな部屋に響く。

「私は霊夢のためなら何だってできるんだ」

私が顔を上げると彼女はいつものように笑っていた。
彼女の体にはどこにも悪意が含まれていなくて、悪いのはいつも私だけだった。

「私は自分のために自分がしたいように生きてる。それは霊夢がそう望んでるからだ。霊夢は他人に興味がないからな、勝手に生きてろって思ってるだろ? 
 でも今は違う。霊夢が私に望むことがあるなら、たとえどんなことになったとしてもその道を行きたい。だから」

ゆっくりと視線を落とした魔理沙の瞳が目の前の湯飲みの中に落とされる。

「だから霊夢、そんな顔するな」

そう言って笑って、湯のみを口に運んだ。

「……っだめ!!」

叫ぶと同時に私は体を乗り出して魔理沙の手を引いていた。
口に入る前のお茶は魔理沙の手から落ち服の上にこぼれてしまった。

「霊夢……」

「ごめんなさい、ごめんなさい、わたし、あなたを……」

魔理沙は困ったように笑い、立ち上がると私の隣に来て座った。
嗚咽の止まない私の肩をそっと抱いてあやすように髪を撫でる。
その手があまりにも優しくて私の目からは涙があふれた。

「大丈夫だから、泣くな。私は霊夢のそばを離れないから、さいごまで一緒だから」

あたたかい手が触れるたびに、やわらかい瞳が細められるたびに、まっすぐな声が耳に届くたびに、いつも、
私はこんな風に泣きそうになっていた。
生きることはこんなに辛く悲しいことだと思い知らされた。
泣いて謝っても、許されても、恐れは消えそうにない。
魔理沙はどうしてこんなに平静でいられるんだろう、私がこんなにひどい人間だとわかっても変わらずに優しく触れてくれる。

「何も怖がらなくていいんだ。一緒だから、な?」

いつからおかしくなってしまったのかわからないけれど、たぶん、私も魔理沙も、もうずっとおかしいままで、これからもこんなことを繰り返すのだろう。
恐れが消えてしまうまで、ずっと。

END
リクエストの「病みに病んだレイマリ」でした