空間的狼少年

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「寂しいんです!」
 
「えーと、うん。それで?」
 
面食らってたいしたコメントが返せなくてそんなこと聞いたら、そんなこと聞かないで下さいと怒られた。
 
 
わかったから離せって

 
仕事を終えて石垣と軽く雑談を交わして、等々力と明日の予定を確認して、一服して。
やっと気を抜いて誉れ高き仕事場に心の中で敬礼して、帰路について。
そして安穏の空間、我が家の扉を開けた瞬間、なぜか既に中にいた先客に熱い抱擁を受けた。
 
「え、え?何で?」
 
視界に入る鮮やかな金糸と暗闇に保護色の前髪。
それだけで人物の特定はできたが、なぜ勝手に人の部屋に入り込んでいるのかは不明。
ぎゅうぎゅうと首に回された手を解こうとしても、頑なにその場所を維持することに必死になっている。
 
「えーと、ネウロ、だよな・・・?」
 
一応尋ねると、その人はぱっと顔を上げて笑みを見せる。
嘘くさいなぁ、いつ見ても。
 
「お帰りなさい、笹塚さん!」
 
「うん・・・ただいま・・・」
 
来るって分かってたら招聘したのに、とは思わないが一応それなりの対応はしたのに。
家の中は散らかってるし、一人暮らしの独身男代表の部屋としてテレビ出演できるくらいだ。
したくはないが。
 
「それで、何でいるの?」
 
「寂しいんです!」
 
「えーと、うん。それで?」
 
「野暮ったいこと聞かないで下さいよ!せっかく料理まで用意したのに・・・」
 
え、マジで?
いや、何、何を言えばいいの、何にコメントすればいいの。
料理は普通に嬉しいが、それは後付け?
寂しいから、って。
危ない方向に持っていこうとする思考に忸怩として、それでもまだ狼狽している。
再び抱きついてきた彼からは芳しく官能的な香り。
あぁ、いったいどうすればいいというのだ。
 
「あのさ、取りあえず中入らない?」
 
そんな提案はあっさり無視され、さらに擦り寄ってくる。
大型犬を飼っている感じだ。
肩透かしを食わせる方法など知らないので、ただ享受するしかできない。
しかし忘れてはいけない、ここは玄関先であるという事実。
遅い時間とはいえ、人通りが皆無なわけではない。
近所の方に見られたら、少しばかり肩身が狭いのではないだろうか。
 
「なぁ、分かったから。離せって、な?」
 
自分なりに精一杯優しく促したつもりなのだが、効果はなし。
仕方がないのでそっと腰に手を回したりしてみる。
何が仕方ないのだろう、という自問。
便乗して首筋に口付けて、結果正常を追い出すことになって。
彼にネクタイに手を掛けられたところで僅かな正常が控えめに警告音を鳴らすが、聞こえない。
自分も彼のスカーフを外しているのだから、不躾なことこの上ない、お互いに。
半径30m以内で物音がしたのを契機に、室内になだれ込んだ。
これは自分のせいではないと、何に言い訳しているのか分からないまま、蕩ける口づけを交わした。
 
End
お題・わかったから離せって
配布元→(閉鎖)