空間的狼少年

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ちょっと捕獲してくる。


現場から警視庁に戻ると、なぜか何人かの同僚に気の毒そうな目で見られた。
特に何かミスをした覚えはないし、隠し事もない。
隣で食玩を日に照らしている石垣に、今更哀れみをもたれることもないし。
何だろう、笛吹にまた無能と咎められるのだろうか。
しかしその程度、よくある話だ。
一体何が…

「あ、先輩。受付行きましたか?」

今回は現場に行かず留守番だった等々力が駆けてきた。
いかにもサボっている様子の石垣をちょっと睨んで威嚇する。
本人はそんなこと気付いちゃいないけど。

「受付? 誰か来たの?」

客人が訪ねてくるなんて珍しい。
弥子ちゃんはアポなしでなんか来ないし、仕事関係の誰かだろうか。
思い巡らしても、あまり候補の人間は思い当たらない。

「はい、あの、脳噛さんが……」

語尾が濁る等々力の顔は、先程の同僚と同じ気の毒そうな表情だった。
あぁ、そういうことか……。

「何か言ってた?」

「えーと……その……」

言ってたのか。

「まぁ、いいや。ありがと、とりあえず受付行ってくる」

苦笑して送り出す等々力に持っていた書類を渡して、石垣を小突いてから受付に向かった。
が、既にネウロはどこかへ去ってしまったらしい。
帰ったのではないらしく、俺がいないと分かるとすぐにどこかへ行ったとのことだ。
待っていればいいのに、と呟いて適当にその辺の人に聞いて回った。
その都度妙な視線を受けたが、もう気にしないことにした。
そして駐車場の方に向かったという情報をいただき、それに従った。

「……ネウロ」

「あ! 笹塚刑事、遅かったですね!」

彼は駐車場の向かいの道路の脇で携帯をいじっていた。
スーツでなかったら、妬ましいくらい絵になっていたことだろう。

「どしたの? わざわざこっちまで……」

携帯をしまうと、彼は足元にあった鞄を突き出した。
見覚えのある、くたびれた茶色の鞄…

「忘れ物ですよ」

にこりと笑って俺の手に鞄を持たせた。
そのついでとばかりに肩に擦り寄ってきた。
忘れ物、と渡された鞄は、確かに自分のものだ。
だがこの鞄は今朝、職場に持って来て、机の下に置いたはず。

「……おかしくない?」

柔らかい彼の髪を撫でて鞄の中を確認する。
やはり今日買ったばかりの煙草も入っているし、朝にもらった資料も入っている。
そもそも忘れ物と言っても、彼の事務所に赴いたのはもう3週間近く前のことだ。

「だって笹塚刑事、僕がメールしても相手にしてくれないし、電話にも出てくれないから」

「あのな、朝方に緊急じゃないメールや電話されても困るだろ……」

自分より背の高い男の頭を撫でてなだめるなんて奇妙なことだが、彼は頭が良い割りに酷く幼い眼をしている。
肩に顎をのせて不満を垂れるネウロを引き剥がして真正面から向き合う。

「寂しかったの?」

「んー、そういうわけじゃないです。ちょっと会いたくなっただけです」

「同じだろ」

そう言うと彼はにっこり笑って両手を広げた。
来い、ということなのだろう。
周りに人もいないし、ここで逆らったら後で面倒だから、上機嫌の彼の痩躯を抱きすくめた。
満足そうな彼に軽くキスをすると、首に手を回される。

「でも、あなただって、凄く嬉しそうな顔をしてますよ?」

耳元で囁かれ、気恥ずかしさが込み上げてきて、沈黙する。
その様子がまた彼を楽しませたらしく、くつくつと笑って

「次からはあなたが事務所に来てくださいね」

と誘いをかけた。
了解の意味を込めて頭をぽんぽんと叩く。

捕獲しに来たつもりだったが、既に俺が捕獲されていたようだ。

End

「ところで、あんた職場の奴らに何て言ってまわったの?」

「僕のお婿さんの笹塚刑事はどこですか、って」

「は? ちょっと待てふざけんな」

お題・ちょっと捕獲してくる。
配布元→(閉鎖)