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※堀鐔 2.繋ぎかけた手 買出しに行きたいが、まだ日本に来たばかりで一人で行くのは不安だと言うユゥイの案内係として、黒鋼は彼の買い物に付き合った。 本当ならばこんな役目は兄であるファイが担うべきであるけれど、ファイは化学の定例会というものに参加しているらしく不在だった。 ユゥイが来てから黒鋼は毎晩彼に食事を作ってもらっているので、頼まれれば断ることはできなかった。 近所のスーパーまで徒歩で来て、ユゥイは黒鋼の持つカゴの中にあれこれ食材を放り込んでいく。 「黒鋼先生なら、これくらい持てますよね?」 と当然のように言われ、三人分の食料を手際よく選ぶユゥイの隣を付いて歩いた。 たぶんこの周辺のことがわからなくて不安だなんていうのは口実で、本当は荷物持ち要員が欲しかっただけなのだろう。 黒鋼は最初ユゥイのことを、もっとおとなしく控えめな、自己主張の少ない男だと思ったが、それはすぐに間違いだったと気づかされた。 ユゥイは顔に似合わず毒舌で、兄のこととなれば驚くほどに過保護になった。 詐欺だ、と言いたくなる気持ちを抑えて黒鋼はユゥイとの接し方を学んでいった。 そして出た結論は、ユゥイに逆らってはいけないということだった。 彼はとんでもなく舌も頭もよく回り、ファイ以上にやり手で、理論より先に手が出る黒鋼がもっとも苦手とするタイプの人間だった。 けれど、だからと言って対立することはなかった。 やはりユゥイは黒鋼が思った通りの温厚でやさしい、好青年だったのだ。 「あと、ファイにプリンを買って帰りましょう」 嬉しそうに提案するユゥイに若干の呆れを感じつつ、黙って後に続いた。 ユゥイはファイの話をしているときが一番しあわせそうだ。 そんな顔を見れば黒鋼も穏やかな気持ちになるが、どうしてか、心の一点が曇っていくことにも気づいていた。 どうしてかは、知らないけど。 「普通のと、焼きプリン、どっちがいいと思います?」 「どっちでもいいだろ」 「真剣に考えてください」 「……焼きプリン」 「あ、牛乳プリンがありますね。これにしましょう」 尋ねておいて人の意見を全く無視した選択にちょっとだけショックを受けて、あんな甘いだけでも苦痛なのに牛乳まで入っている おぞましい食べ物を喜んで食べる人間がいることに疑問を抱いた。 「これで終わり……あ、そうだ、コショウが切れてるんでした」 デザートのコーナーから離れ、ユゥイは奥へ進もうとした。 「おい、コショウはこっちだ」 調味料は反対側にある。 背を向けてしまったユゥイを引き止めようと黒鋼は彼の白い手首に手を伸ばして、そこで、固まった。 だめだ、ともう一人の自分が叫んだ気がした。 黒鋼はユゥイの手を掴めなかった事実に驚愕した。 何でもないことのはずなのに、ただ呼び止めるだけのことなのに。 「あれ? こっちでしたっけ?」 中途半端に伸ばされた手には気づかず、ユゥイは正しい方向へ向きを変えた。 慌てて黒鋼は平静を装ってポケットに手を突っ込んだ。 何も問題なんてないはずなのに、どうしてためらったのか。 こっちだと言うだけのことなのに、そこに自分はどんな邪な感情を抱いてしまったのか。 繋ぎかけた彼の細い手を見つめる。 今はまだ、何も考えないのが最善だと思った。 END