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3.都合のいいときだけ 宴会は、好きというほど好きでもなく、嫌いと言うほど嫌いでもない。 やることは毎回同じで代わり映えもないし、飲んで騒ぐだけ。 今日は珍しくあの人がいるな、とか珍しくあの人がいないな、とかそんな些細な変化はあれど、好き勝手、人の神社に集まっていつもと同じだ。 だけど同じと言っても本当にまったく同じというわけではない。 前回、魔理沙は鬼と飲み比べをして早々につぶれてしまったけれど、今日はおとなしくゆっくり飲みながら桜の木の下で静かに霊夢の隣に座っている。 遠くに見ればいつもと同じでも、近くに見れば少しずつ変わっている。 それは私だけが気づいてればいい、と霊夢は思った。 「あー! 魔理沙、こんなとこにいた!」 甲高い声がして目を向けると、チルノが仁王立ちで魔理沙を指差していた。 「次の宴会ではあたいと飲み比べしてくれるって言ったじゃん!」 「あー? 妖精のくせに何でそんなこと覚えてんだよ」 魔理沙の声は少しかすれていた。 「天狗が教えてくれた!」 ちらりと向こうへ視線をやると、文がにこやかに手を振った。 面白いことが起これば記事のネタになるとでも思ったのだろう。 めんどくさそうに魔理沙がため息をついた。 「今日は忙しいんだよ」 「なんもしてないじゃん!」 「してるしてる」 すると魔理沙が突然霊夢の肩に手を置いた。 「今は霊夢との親交を深めるのに忙しいんだ」 冷えた魔理沙の手がむき出しの肩に触れて、そこだけがほかの人間の一部のように感じた。 チルノが腕組みをして大きく首をかしげる。 「しんこー? なにそれ」 「仲良くなろうとしてるってことだよ」 「霊夢と魔理沙、仲良くないの?」 「いや、大親友だぜ。でもまだまだ足りないから、こうして一緒に飲んでるんだよ」 その言葉に吐き気がした。 魔理沙はいつもいい加減で、ろくなことを言わないけれど、これはあんまりだ。 霊夢は頬が熱くなるのを感じて魔理沙の手を退けて立ち上がった。 不思議そうなふたりの視線から逃れるように、引き止める魔理沙を乱暴に振り払ってその場を離れた。 背後からあれこれ言い合う魔理沙とチルノの声がひどくおぼろげに聞こえた。 何が大親友だ、何がまだまだ足りないだ。 怒っているのに泣きたくて、急いで霊夢は神社の縁側の方へまわった。 ここなら誰もいない、と思ったのに、先回りしていた天狗が少しだけ申し訳なさそうに立っていた。 「すいません、私のせいですね」 「どういう意味よ」 「それは霊夢さんが一番よくわかっているかと」 落ちた桜の花を踏みにじって、霊夢はきつく目を閉じた。 「……都合のいいときだけ、親友になるの、私たち」 春の陽気はどこにも感じられない。 代わりに、さっき肩に置かれた魔理沙の冷たい手の感じだけが生々しく霊夢を撫で付けた。 「すいませんね」 「そう何度も謝らないでよ。文のせいじゃないんだし」 「いいえ、この謝罪は、最初のとは違うものなんです」 「え?」 「それでは、私は戻りますね」 文がいなくなると、霊夢はひとり呆然と立ち尽くした。 いつもと変わらない宴会だと思っていた。 けれどいつの間にか、何かがゆっくりと変わり始めている。 それはたぶん霊夢の選択ひとつで結末が大きく変わるものなのだろう。 つぶれて土に汚れた桜の花びらが不気味に笑っている気がした。 END