空間的狼少年

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そういうトコ、意外に可愛いかったりするよね


夜分、ある一人の訪問者によって我が家の静寂は壊滅させられた。
ピンポンと軽快な音と共に現れたのは、例の女子高生探偵の助手さん。
あれ、何で家知ってるの。
そんな質問をさせる間もとらせず彼はにこやかに夜の挨拶を済ませると、許可も得ずに俺の領域に
潜り込もうとしている。
 
「え、何しに、来たの?」
 
携帯の電話番号も知らぬうちに彼に流出していたのだ。
探偵の彼に人一人の居場所を突き止めることなど容易いのだろう。
そう考えることにして目的を尋ねると、彼は喜々として
 
「桃です!!」
 
「質問と答えが合致してないけど」
 
無垢な子供のように答えてくれた。
そのまま膨れて割れそうな笑顔で、彼は手に持ったコンビニの袋を目の前まで持ち上げる。
中には、球体がいくつかごろごろしている。
淡いピンクと緑色の混じった、僅かに甘い香りを放つ果実。
あぁ、おすそ分けね?
 
「先生の華麗な推理に惚れ込んだ農家の方が、先生を餌付けしようと送りつけてきたんです」
 
「ファンレター的な善意のものじゃなくて?」
 
「はい」
 
「断言したな…」
 
「そんな訳なので、先生が笹塚刑事にも分けてあげなさいって」
 
母子か、アンタらは。
 
「分かった、ありがたくいただくよ。弥子ちゃんにもお礼言っといて」
 
「はい」
 
袋を受け取ろうと手を伸ばすと、するりと避けられた。
あれ、くれるんじゃないの?
何このフェイント…?
 
「外も暗いですし、桃を剥いて差し上げます!」
 
「理由おかしくない?」
 
確かに学生が外を歩けば確実に補導されそうな時間ではある。
だがこの近辺には羽虫がどれに集るか迷うほど、多くの街灯が設置されている。
このご時世危険ではあるものの、彼も立派な成人男性、夜道が怖いとは言わないだろう。
 
「いや、そんな悪いよ。自分で剥く…って勝手に入るな!」
 
「いいじゃないですか、一泊させて下さいよー」
 
「本音言いやがったな…」
 
遠慮というものは彼の身体のどこにもインプットされてないらしい。
でも丁寧にドアを閉め、鍵まで掛けてくれた。
靴をきちんとそろえて、お邪魔しますと彼は部屋まで続く廊下を滑るように歩く。
一応、礼儀はわきまえている、のか?
 
「台所借りますね、包丁どこですか?」
 
「そこの棚の中…」
 
制止することはもう諦めた。
新聞の広告やら衣服やらが散乱している部屋を彼は通り抜ける。
もう少し整理しておけば良かった、と後悔するが彼は特に気にしていないらしい。
彼は最近石垣が覚えた新出単語、唯我独尊という言葉そのものだと思う。
石垣にその四字熟語の意味を尋ね、彼がネウロと答えても俺は正解にするだろう。
そして当の彼はといえば、まな板と包丁を用意し、不透明のビニールを漁っている。
中から2つの桃を取り出し暫時それらを見つめる。
新妻、なんて言葉が思い浮かんだのだが、それは一時の気の迷いだ。
彼が来る前に飲み終えた焼酎の瓶を片付けながら己を叱咤する。
そんな葛藤に苛まれる俺に彼は声をかけた。
 
「笹塚刑事は、甘くてやわらかい桃と、堅いのとどっちが好きですか?」
 
「えーと、じゃあ堅い方で…」
 
「分かりました、やわらかい方ですね!!」
 
あえて、かよ。
分かりました、じゃねぇよ。
俺に好み聞いた理由、絶対逆の方にするためだろ。
…けれども。
わざわざ俺のために桃を剥く彼を見て。
慣れない手つきで懸命に包丁を扱う姿を見て。
可愛らしい、なんて、思わないはずがない。
 
 
「あなたの苦手な方の桃を剥いてあげます!」
 

End
お題・そういうトコ、意外に可愛いかったりするよね
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