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※パラレルです 深海魚の朝 20××年7月7日、世界はいとも簡単に壊れた。 突如出現した巨大隕石がいくつも地球に衝突し、途上国も発展国も富豪も浮浪者も大人も子供も平等に死んでしまったのだ。 同年6月12日、NASAが数個の直径数十kmにもわたる巨大隕石が地球に向かっていると発表し、世界中は混乱状態に陥った。 天文学者はこれが世界の終わる瞬間だと最初から屈伏を表明し、医学者は全ての人間に治療が必要になるため優先順位を 考えねばならぬと頭を抱え、心霊学者はみんなで幽霊になって新しい社会を築こうと希望を謳った。 数学者はこんな確立はありえないと狂喜し、科学者は隕石の物質に夢中で、政治家は仕事を放棄して家にこもって祈りを捧げた。 子供はSF漫画みたいだねと宇宙飛行士の真似をして遊び、大人は目に付くもの全てを批判し抗議した。 動物と植物だけが何も変わらずいつもと同じ日を過ごした。 そんな中、刑事である笹塚はこれまでにないほど忙しい日々を送った。 打たれ弱い後輩が弱音を吐く暇もないくらいに奔走した。 ひっきりなしに起こる暴動やデモを鎮圧し、どうせ滅びるんだからと人を大量に殺した一般人を逮捕し、もはや人間には理性が あるなどと誰も言えない状態になっていた。 スーパーやコンビニからは商品が消え去り、思いやりと慈悲の心を持てと言った教育者でさえ今となっては自分とその周りの 人間だけが生き延びる方法を必死で考え込んでいた。 様々な噂が飛び交った、隕石は落ちない、いや落ちる、スーパーマンが現れる、アメリカとロシアが大砲で打ち落とすんだ、 これは宇宙人の侵略だ。 笹塚はどうでもいいから早くこの騒ぎが終わって欲しいと思っていた。 テレビを観ないからいまいち世界がどのような状態にあるのか把握できず、パニックになって自分に抱きついてきたそばかすの多い 娼婦を引き剥がしたときに、もういっそ今すぐに隕石が落ちてくればいいとため息をついた。 石垣の運転での移動中、一度だけ早乙女から電話がかかってきた。 こっちはもう訳が分からないくらい儲かってるよ、一段落ついたら高い酒でもおごってやる、時間ができたら電話してこい。 それが最後に聞いた声だった。 高層ビルから蟻の巣まで全てが壊れた7月7日の朝、笹塚は轟音と共に安いホテルの部屋で目覚めた。 あぁこれで終わりだとカビ臭いベッドに潜り込んで目を閉じた。 しかし、なぜか笹塚は犠牲者にはならず壊れた街に生きていた。 幸か不幸か笹塚は生き残り、生臭い路地の隅で溶けきったチョコレートを舐めていた。 自宅は崩壊していたので昨日まで笹塚は夏の日差しから逃れるためにコンビニを居住としていた。 が、気が狂った生き残りの男がやってきて笹塚をコンビニから追い出したのだ。 もうこれ以上面倒なことに巻き込まれたくないと思った笹塚がおとなしくその男に場所を譲り、自分は路地の日陰に移った。 適当な場所を探して歩いたが、どこの家屋も倒壊していて危険だった。 それにそこら中から死体の臭いが漂っていてとても住めるような街ではなくなっていた。 たまに会う生き残りも何かぶつぶつと呟きながらあふれ出した腐った下水を啜っているような奴だったり、一緒に 死んでくれとすがってくるような奴ばかりだった。 中途半端な破壊だと笹塚はうんざりした。 けれど汚れた乳房を見せ付けてくるような目の窪んだ哀れな女とは一緒に死にたくはなかった。 どうせこの暑さでは残っている食べ物も飲み物も腐るだろうから、そう急がなくても俺は近いうちに飢え死にするだろう。 笹塚はそう考えながら、しかし暑い路上で醜く死ぬもの嫌だと手についたチョコレートを舐めて立ち上がった。 道は歩くのにも困難なほど地割れしていて、空から降ってきた石がばらばらになって散乱している。 当然電気も水もガスもなく、携帯電話もただの機械の塊に成り下がった。 割れたガラスを避けて倒れた電柱をまたいで、烏が死体をつついている隣を通ってかろうじて壊れていない砂塵に塗れた大学に入る。 奨学金に関するお知らせ、軽音楽部によるライブのポスター、就職活動の指導の張り紙、休講や教室変更のメモ、何もかも 要らないものだった。 教室には誰かがいることもあったし、誰もいないこともあった。 携帯電話使用禁止と書かれた張り紙のある小さい教室に入り、窓を開けて外を見ると街は予想以上に変わり果てていた。 降り注いだ隕石と二次災害で壊滅した街を眺めて煙草を吸う。 直径数十メートルの隕石とクレーターが見えて、その周辺は跡形もなく家屋は粉々になっていた。 世界中がこのような感じなのだろうか。 上司も同僚も部下も知人もみんな死んでしまったが、俺のような生き残りが幾人もいたから、たぶんまだ人間の歴史は続くのだろう。 その夜は教室の床に鞄を枕にして眠った。 電気のない月光だけの夜は真っ暗で何の音もせず、何もなかったかのように太陽は沈み月が昇る。 新たな再生の兆しを運ぶように星が輝き、その反面静寂は暗い海の底のように孤独を強調している。 深海魚にでもなった気分で眠りにつくと笹塚は奇妙な夢を見た。 巨大な魚が空を飛んでいて、自衛隊が発砲するが魚は口を開いて鋭利な歯を見せつけ人間に襲い掛かる。 鋼のように硬い鱗が銃弾をはじき自由に空を飛んでは人間を食らう。 大きな鉄の網で捕らえようとしても簡単に噛み砕いて暴れだす。 逃げ惑う人々にまぎれて笹塚も逃げようとすると、魚はまん丸の目を光らせて笹塚の前に立ちはだかった。 俺はもう600年も生きたのだ、人間は俺のような年長者に従うべきだ。 魚はそう言って笑った。(魚は笑わないはずなのに) 食物連鎖の頂点には俺のようなとてつもない強者がいるのだ。 魚が生臭い息を吐いた。(魚は口で呼吸しないはずなのに) 呆然と立ち尽くす笹塚を魚がひれで潰そうとした瞬間、すぐそばにあった火山が噴火して魚は溶岩に溶かされてしまった。 どろどろに溶けた骨を避けて、笹塚はやっぱりなと無意識に呟いていた。 目が覚めるとあたりは明るくなっていて、雀の鳴き声が聞こえた。 埃の積もった床に寝たせいで喉に痛みがあった。 水道は使えるだろうかと特有の臭いのするトイレに入ってみたが、錆びた水が出るだけで飲めそうにもなかった。 購買部にも何も食べ物はなく、ゴミばかりが放り投げられていた。 歩き回っても体力を消費するだけなので笹塚はさっきの教室に戻ることにした。 壁にも階段にもヒビが入っていて、今にも瓦礫が崩れ落ちてきそうな場所がいくつもあり、腐敗した水の溜まった教室は名前の 分からない虫の住処となっていた。 もとの教室の近くに戻ると、腰の曲がった老婆が杖を振り回してひとりで騒いでいた。 笹塚は関わりたくないのでひとつ上の階に上がり空いている教室を探した。 その階には生きている人間はいなかったので適当な教室に入ろうとすると、声をかけられた。 「あれ、お前、笹塚か?」 名前を呼ばれたことに驚いて振り返ると、そこにいたのは手にスーパーの袋を提げた早乙女であった。 当に死んだものと思っていたので笹塚は自分を疑ったが、以前と同じように吊り上った目を細めて笑うので、本物だと確信できた。 「生きてたんだ…」 教室の椅子に座ると早乙女はスーパーの袋の中身を机に広げた。 スナック菓子や飲料水、包帯に痛み止めの薬、懐中電灯、塩の塊などだった。 民家から漁ってきたと早乙女は言ったが、笹塚はその生命力を羨ましく思った。 砂で白っぽくなった黒いスーツを脱いで早乙女がスナック菓子を豪快に開けて笹塚にもすすめた。 あの日からずっと幻の中を生きているような気がしていたが、ジャガイモのスナック菓子を口に入れると現実味がわいた。 「何でよりによって生きてんのがあんたみたいな奴なんだろうな」 「悪口だろ、それ。俺だって起きてびっくりしたんだよ」 早乙女はこの混乱を餌に詐欺で金を巻き上げていたが、使い道などなくなるだろうとパチンコや食事に使い果たしてしまった。 そしてその通りに金の価値が無くなったので使ってしまって良かったと満足していたが、今度は金があってもなくても物が ないことに困っていた。 そんなときに両足を失ったが命だけは助かった同業者と出会い、彼の事務所の地下に買い占めた食べ物があると聞かされた。 同業者の足となる代わりにその地下を使わせてもらうことにした早乙女は、ほかに使える人間はいないかと探していたところ 笹塚を見つけたと話した。 「お前もこっち来いよ。地下だし涼しいんだ」 あまりこの先のことについて考えていなかった笹塚は、もはやどうなっても構わないと半ば投げやりな気持ちで同意した。 俺の同業者さ、あいつさ、両足なくなったくせに女が欲しいとか言うんだぜ、だから俺がこれ見よがしにゴム持って出かけて 行こうとしたら本当に悔しそうな顔するんだ。 そう言うと早乙女が笑いながら笹塚の肩に手をかけてキスをした。 「…でもこれは自慢になんないだろ」 「いいんだよ、何でも。再会の記念だ」 早乙女が笹塚の服を脱がし床に倒した。 しばらく体を洗っていないと笹塚は訴えたが早乙女はそっちの方が興奮すると無視した。 これは実は夢で俺の体は自宅で寝転がっているのではないかと笹塚は思ったが、やけに黒い早乙女の髪と目を見て、どうしたって こっちが現実なのだと何度目かの敗北を味わった。 笹塚の体をうつ伏せにして早乙女は避妊具をつけた性器を挿入した。 教室の外で男の怒鳴り声と少女の泣き声が聞こえて二人とも一瞬動きを止めたが、関係ないと早乙女が腰を振った。 「俺、泣いてる女の子がいたから優しい言葉かけて犯した」 不意に早乙女がぽつりと笹塚の耳元でこぼした。 「最低だな」 「でも、許されるんだよな。もう何したっていいんだ。楽園だな」 楽園という言葉が笹塚の脳を巡った。 秩序も法もなくなったから、何したっていい。 笹塚は初めて悲しさがこみ上げて気分が悪くなった。 吐きそうだと言っても早乙女は笑うだけで聞き入れてくれず、男の怒声と少女の悲鳴だけを耳に、笹塚はもう一度隕石が 降ってくればいいと思った。 End
禁止ワードは「これ國笹じゃなくてもよくね?」