空間的狼少年

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プール

じわじわ暑いコンクリートの上を焼かれるように歩いていると、前の方によく知る人物を見た。
憂鬱そうなのは、この暑さのせいだろう。
けれどある程度近づいたところで声をかけると、ぱっと憂鬱さを跳ね除けて笑顔を見せてくれた。

「笹塚さん! お仕事中ですか?」

「いや、今帰り。弥子ちゃんも学校帰り?」

「はい、今から事務所行くんですけど、今日は疲れたから、何もできないかも……」

苦笑して、でも楽しそうにため息をついた。
そこで彼女の髪が、しっとりと濡れていることに気がついた。
今日は朝からかんかん照りで雨なんて降っていないはずなのに。

「もしかして、水泳の授業だった?」

そっと髪の先をなでると、彼女はそうなんです、と少し恥ずかしそうに身を引いた。

「6限だったから、まだ乾いてなくて」

疲れたというのはそういうことか、と納得した。
水泳は後から疲れがくるものだ。

「あの……に、においますか?」

「え?」

何が、と尋ねるとうつむき加減に彼女はプールだったから、と言う。
塩素の臭いがするか気にしているのだろうか、しかしそんなにおいは全くしない。
それにプールのあとは軽くではあるがシャワーを浴びているはずだし、においなんて気にしなくてもいいのに。
それでも年頃の少女は気になってしまうのだろう。
ちゃんと確かめてやろうと、彼女の髪に顔を近づけると、とたんに彼女は後ずさった。

「わ、やっぱりいいです! 私、早く事務所に行かなきゃいけないので、失礼します!」

顔を赤くして少女はこの暑い中、走り去ってしまった。
悪い対応の仕方だっただろうか、確かめるなんてしないで、におわないと言ってやるべきだっただろうか。
年頃の少女は難しい。世の父親はさぞ苦労しているに違いない。
次に会ったときは、いつも思っている通りに、いいにおいがすると言ってあげよう。

END
ささやこむずい