空間的狼少年

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Over The Rainbow


ネウロが私の前から姿を消しました。
何も言わずに彼は私を置いてどこかへ行ってしまいました。
私は早く彼を捜し出さないと手遅れになることが分かっていました。
馬鹿みたいに楽しそうな世界も、引いてしまうくらい悲しそうな世界も、全て捜しました。
私はぜんぜん寂しくなんてありません。
いつも笑顔です。
けれど早く彼を見つけないと私は彼の名前すら忘れてしまうのです。
はやくはやくはやく、私はいつも彼を探しています。
あの大きな手、高圧的な声、たまに優しい瞳。
私はいつも笑っています。
海も言葉も超えて私は彼を捜し続けています。
誰になんと言われようと、彼を見つけるまでは幸せになんてなれません。
何年も何十年もずっとずっとさがしています。
そうしてるうちに私の知り合いは幾人か死にました。
そんなに月日が経っていたのです。

彼がいなくなる前の日、彼は私を無理やり犯しました。
嫌がる私の言葉を無視して乱暴な交尾をしました。
あの日、私はひどいひどいと泣いて罵詈雑言を浴びせつけ、彼を嫌いになっていました。
彼は痛々しい目をして、無いはずの感情に苛まれていました。
私はあの時、彼を抱きしめて大丈夫と言ってあげるべきだったのです。
不器用な彼の愛情を跳ね除けた私には罰がくだりました。
私はもう泣くことも叫ぶこともできず、ひたすら笑うことしかできないのです。

お母さんは私を心配してくれたけど、私はそんなものいりませんでした。
知り合いの刑事さんも私を心配してくれたけど、私には迷惑なものでした。
彼のもう一人の部下にも心配されたけど、私はもうこの人と会わないと決めただけでした。
思えば誰も彼の安否を尋ねる人はいませんでした。
私はそれを不条理だと思いました。
悲しくてしかたがなかったので私は笑いました。

事務所は誰かのものになり、友人であった髪の毛はただの死体となり、私の評判は消え去り、
彼の名前はどこにも残りませんでした。
彼には生殖能力がないから私の中の壊れた純潔だけが彼の跡でした。
でも時々おなかの奥から異形の声が聞こえる気がしました。
その声を撫でると少しだけ満たされるのです。
幻聴と分かっていながら嘘に縋る私をみんな不憫に思っています。
私は笑うだけです。

そうしているうちに、とうとう私はお婆さんになってしまいました。
彼の名前以外は何も知らない、孤独な老婆です。
どんなにさがしても見つからない彼を思いながら死んでしまうのでしょうか。
いつの間にか私はどこかの施設に入れられていて、白い壁と見知らぬ空を眺めるのが日課でした。
言葉さえ忘れてしまいそうな雨の日、私は虹を見ました。
まだ雨は降り続いているのに確かに空には鮮やかな虹がかかっているのです。
衰弱した体を動かし私は窓の外を凝視しました。

あぁ! あそこに私のさがし続けてきた彼がいる!

枯れたはずの私の両目からは涙が流れ、嗚咽が漏れました。
ようやく許されたのだと思うと歓喜に震えあの輝かしい日々が昨日のことのように思い出されました。
彼と過ごしたあの時間が私の幸福なのです。
どんなことがあろうと手放してはならなかった幸福なのです。
だから私はあの揺れる金の髪と渦巻く瞳に手を伸ばしました。
ずいぶん遠くにいるようですが、手が届くくらい近くにいます。
私は雨が入り込むのも構わずに窓を開け彼の名を叫びました。
下降とも上昇とも取れる空気に包まれわたしはようやくしあわせになったのです。
降り止まない、雨の中で。

End