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まどぎわのれいむちゃん 夏は暑いものだと知っているのに、毎年どうしてこんなに暑いのかと真剣に悩む。 上からは太陽に、下からは熱せられたコンクリートに苦しめられ、みんな目を閉じてしまいそうな顔で歩いている。 私と魔理沙もじわじわと上がる体温に耐えながら駅へたどり着いた。 「荷物、重い……」 「はは……悪いな……」 不満は暑さ以上に魔理沙に向いていた。 彼女はろくに学校で勉強なんてしないくせに、辞書はしっかり買って持ってきているのだ。 古典に和英、英和、そのほかグリモワールがいくつか。 それらを魔理沙のかばんにいっぱいと、私のかばんにもいっぱい。 教科書だけでも重いのになんてふざけたことをする人だろう。 「電子辞書買えばいいのに」 改札を抜けて一息ついたところでそう言うと魔理沙は、自分は古い人間だからと笑った。 汗だくで疲弊した状況で笑えるなんて本当に尊敬する。 電車が来るまであと10分くらい。 今は平日の昼間だし、きっと乗っている人は少ないだろう。 日陰で荷物を足元におろし、魔理沙と二人で並んで電車を待っている。 私がもう一人いるならば奇妙な光景だと首を傾げてうつむくに違いない。 「あ、そうだ、アリスに連絡するの忘れてた」 魔理沙は携帯を取り出しメールを打ち出した。 そういえば朝、何かの約束をしていた気がする。 ぼんやり横目で盗み見ていると片手でメールを打っていた魔理沙は指を止め不意に私を見た。 きれいな金の髪と瞳。 私は一瞬息が止まった。 こんな俗っぽい場所で見るにはもったいない、もっとしかるべき場所で……。 そんな考えがよぎると同時に魔理沙は 「ちょっと電話する」 と、ありふれた声を出した。 はっとして私は向かいのホームを凝視する。 母親に抱かれた子どもと目が合う。 無知で無垢な視線が私の羞恥を刺激する。 しかるべき場所とは、いったいどこを指しているのだろう。 私は今確かに不純な気持ちで彼女を捉えてしまった。 かっと頬が熱を帯び始め、口の中が渇き、私はそれを夏のせいにする。 魔理沙はしきりにアリスに謝っている。 霊夢と一緒に帰ることになったから。 そんな浮き彫りにされた事実だけを第三者に伝えていることにも私は羞恥を覚えた。 アリスとパチュリーと一緒に放課後を過ごすはずだった魔理沙が、私を頼り私の隣に立っている。 やがて罪悪感が掌を通じて汗となり現われ出したころ、線路の脇で元気に成長を続ける雑草が揺れ、踏み切りの音が聞こえた。 魔理沙は携帯をしまい、怒られたと言って少し困ったような笑顔を私に見せた。 私は黙ったまま愛想笑いで返し、電車に乗り込んだ。 電車はそんなに混んでいなかった。 冷房が効いているのを喜ぶ魔理沙に私はようやく平穏を取り戻した。 あれは何でもない蜃気楼だったのだ、深呼吸して馬鹿らしく思う。 つり革につかまって外の景色が変わっていくのを日常として、このまま彼女と二人で同じ駅で降りるのをただのゆるやかな起伏として。 学校にいるときと同じようにぽつりぽつりと雑談を交わしながら、景色がコンクリートから田んぼへと移り、私たちは電車を降りた。 「あぁ、このまま電車で家に帰りたい」 「それはたいそう贅沢ね」 家まであと少しでしょ、と魔理沙を励まして河川敷を歩く。 私の家は神社で、魔理沙の家は森の中。 言われてみれば同じようなところに住んでいるから同じ駅で降りるのも当然だ。 「さて、明日から夏休みだぜ、霊夢は何か予定あるのか?」 「んー。なんもない。しいて言えば、ごろごろする」 「私もだ」 空は低く風も吹かない。 静止してしまったような夏の青の中で私たちはゆっくりと歩き続ける。 ひまわり畑にさしかかったところで突然魔理沙がはじけたように立ち止まった。 「そうだ! 霊夢、携帯のアドレス教えてくれよ!」 「え……?」 「ほら、早く、赤外線」 なぜか嬉しそうに携帯を開く魔理沙に私は戸惑う。 「いや、携帯家に置いてきてるから……」 私は携帯なんて持たなくてもいいとすら思っていたのだけれど、早苗に勧められ高校に入ると同時に購入した。 購入しただけで、ほとんど使わない。 メールも電話もネットもしない。 つくづくつまらない人間だと後ろめたくなる。 「なんだ残念、じゃあ早苗に聞くよ」 「早苗とメール、してるの?」 意外だった。 早苗と魔理沙がありもしない電子の世界でつながっているなんて。 「や、あんまりしないなぁ。最初にアドレス交換しただけで」 そんなことなら交換なんてする必要ないのに。 少なからず疎外感を感じてそんな嫉妬をしてしまう。 誰に対する嫉妬か、なんて知らないけれど。 「よし、霊夢! 宿題の答え教えてくれな!」 ウインクまでする調子の良い魔理沙だから、私の感情は空回りするだけだけれど。 「じゃあ魔理沙が数学やってよ。私が古典やってあげるから」 「いいぜ、じゃあついでに読書感想文も……」 「それは嫌。ていうか、あんた読書好きでしょ?」 「読書が好きなやつが全員読書感想文が得意とは限らないぜ」 ひまわり畑を背景にえらそうに短所を主張するのがおかしくて、私は言葉もなく笑った。 「じゃあ、ありがとうな、霊夢。帰ったらメールするよ」 お地蔵様の前で道がわかれた。 左に行けば私の神社、右に行けば魔理沙の住む森。 案外家が近いことに二人で驚いて、これまで一度もお互いをこの付近で見かけたことがないことにも驚いた。 私は手を振るけれど魔理沙は両手で荷物を抱えているためそれらしい仕草をした。 ひとりになって、なんて奇妙なことだっただろうと笑みをこぼす。 絵画みたいな入道雲に包まれて私たちは細胞のスピードで進んでいく。 恥ずかしくも青い期待を抱いて。 End このまま学パロとして続いていく予定