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※笹塚さん死後のパラレル 魔界にて 1 目を覚ますとそこは地獄でも天国でもなかった。 どうも見た感じは地獄に近いような気もするが、人間が一人もいない。 地獄といえば罪人が罰を受ける場所であるはずだから、人間がいないのはおかしい。 しかしそこは地球上にはあり得ない光景ばかりが広がっている。 荒れ果てた土地、どんよりと暗く重い空、乾いた苦い空気、そしてそこに生きているものたち。 異形の姿の生命が目をぎょろぎょろさせて歩いている。 生きるのに不便な、奇妙な形をしたよく分からない獣。 長すぎる角が生えていたり、大きな体に数えきれないほどの手足を持っていたり、頭と体のバランスが悪かったり。 あれらは恐ろしいバケモノだ、弱肉強食の中で淘汰されず生き残ったものたちだ。 進化と適応を繰り返しできあがったのがあれらなのだろう。 俺はしばし周りを観察した後、バケモノたちが俺を狙っているのに気がついた。 あれらに食われると俺はどうなるのだろうか。 バケモノたちはなかなか俺に近づこうとせずに様子を伺っている。 俺もあれらもお互いによく分からない存在だ、あれらはそれなりに知性があるのかもしれない。 だがバケモノたちには鋭利な爪と牙があり、太い手足がある。 人間など反撃する間もなく一撃で潰されてしまうだろう。 地の下で錆を削るような唸り声をあげながら巨大な魚のようなバケモノが俺に近づいてきた。 俺はひとつの恐怖も感じることはなかった。 夢を見ているような気分で、抗っても意味がない気がしていた。 あれに食われると、俺は死ぬのだろうか。 もう一度、死ぬのだろうか。 バケモノが口を開ける。サメのような歯が見える。毒々しい舌がナメクジのようにうごめいている。 その奥に、生命の罪なき終わりがある。 「どうしてあなたがここにいるのですか」 後ろから声が聞こえるのと同時に俺の周りに集まっていたバケモノたちが突然あわてて逃げ出した。 聞き覚えのある声。どんな音よりもはっきりと耳に届いていた声。 毒を持った俺の神様。 2 「笹塚刑事、あなたは死んだのではなかったのですか」 金色の髪と黒い前髪。整った顔、青いスーツ。背の高さに合わぬ細い腰。 「ネウロ?」 「そうです。まさかもう一度会うことになるなんて思いませんでしたが」 しかも、こんなところで。 苦笑するネウロにはさっきのバケモノと同じ尖った歯が生えていた。 「ここは魔界です。僕の故郷で、あなたたち人間の住む世界とは全く違うところです」 ため息をついてネウロが俺の正面に立つ。 「本物?」 「何が」 「幻? 僕が衰弱しているから?」 首をかしげるネウロの頬を両手で包む。 「たぶん、本物、だと思う」 「そうですか、生前の記憶はありますか?」 「あるよ、全部ある」 あんたこそ本物なの、とネウロの頬を伝って後頭部を撫でる。 動物の毛皮のような柔らかくて繊細な髪を梳くとネウロはくすぐったそうに笑った。 「僕のせいですね。おそらくあなたは僕の瘴気を吸いすぎたのでしょう」 「そっか。俺はこれからどうなんの?」 「さぁ、前例がないもので。でも人間界に戻ることはできないでしょうね」 「それは構わないけど、こんなところで生きていける気もしない」 「しばらくは僕と行動してください。僕の責任ですから」 申し訳なさそうにネウロが目を伏せる。 違うのに、これは自業自得だというのに、俺はさっきのバケモノに食われるべきだったのに。 けれど言葉は飲み込んで俺は黙ってネウロに従うことにした。 3 荒野を歩きながら観察していると、森や川、家や店も見られた。 物珍しそうに俺を見てくるものもいれば気にも留めず通り過ぎるものもいた。 魔界がどのような社会を築いているのか知らないが、基本的には人間界と変わらないようだ。 「あなたは死後、霊魂だけがここへやってきたのでしょう。どういう仕組みでかは知りませんけれど」 「霊魂ね…まぁ、こんな世界があるなら信じないわけにはいかないか」 俺は死んだ身だから、もう何にも疑問を持たないことにした。 いろいろと考えてはみるけれどすべて無駄なこと、真実はどこにもないし、あるいはどこにでもある。 どれが正解でも状況は変わらない。 「ところで、何であんたは魔界にいんの? 弥子ちゃんは?」 尋ねると、ネウロは足を止めて腕をこまねく。 「そうですね……あなたにはいくらか話しておかなければならないことがあります。 ですが、こんなところで立ち話していては餌にしてくれと言っている様なものです」 ネウロは辺りを見回し、湖のそばを指差した。 「そこに家を建てましょう」 続く