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※異国パラレル 不思議な森の小鳥さん むかしむかし、あるところに笹塚と言うひとりの兵士がおりました。 彼はある国との戦争に出向いたあと、みんなと自分の国に帰る途中ひとりだけぼーっとしていたせいで、真っ暗で不気味な 森に迷い込んでしまいました。 それでも歩いていれば外に出られるだろうと笹塚は適当に歩き続けましたが、一向に出口は見えてきません。 森の木々はぎざぎざの攻撃的な葉っぱを揺らし、がさがさ動き回る虫たちも侵入者を警戒して小さな目を光らせています。 太陽が落ちて少しの明かりもなくなってくるとさすがに笹塚も不安になって、急いで出口を探しましたが、やはりどこまで 行っても同じ景色が続くばかりでした。 どうしよう、野宿の道具なんかないし、それよりこの森に何がいるか分からない、人食い狼なんかがいたらどうすればいい。 考えながら歩いていると、がさがさと一際大きな音がしました。 笹塚が音の方を見ると、ぎらりと光る二つの目がこちらを観察していました。 熊だろうか、と笹塚が身構えると草むらから一人の青年が現れました。 「こんばんは、良い夜ですね」 青年はみどりの瞳を細めて、笹塚に笑いかけました。 こんなところに人がいるなんて、と笹塚は驚きましたが、青年は迷っている風でもなく落ち着いた様子で夜風に吹かれた 美しい髪を手で押さえています。 貴族みたいな服装と、見たことがないくらいきれいな顔立ち。 笹塚は一瞬我を忘れて見とれていました。 「森に迷ってしまいましたか? 大丈夫ですよ、僕が外まで案内してさしあげます」 青年が手を差し出したので、握手かと思い笹塚は手を取りました。 すると急に強く手を引かれ笹塚は青年に触れるくらいまで近づきました。 「ただし条件があります。僕に食事を提供して欲しいのです。そうすればあなたをこの森から出してあげましょう」 耳元で青年にささやくように言われ、笹塚はどきりとしました。 しかし食料と言われても、笹塚はもう国に帰る途中でしたから、ひとかけらの硬いパンしか持っていません。 青年に今は何も持っていないと告げると、青年はにこりと笑って後払いで結構ですと答えました。 「ときどき、この森に迷い込む人がいるんですけどね、たいていは森の化け物に食べられちゃうんですよ。 あなたは運が良かったですね」 外へ案内する青年のうしろに笹塚がついて歩きます。 周りからは気味の悪い動物のうなり声が聞こえてきますが、襲ってくる気配はありません。 「あんた、この森に住んでるの?」 「いいえ、待っていたんですよ、あなたのような人間を」 くるりと振り返って青年は笹塚のほうを向きました。 「僕も化け物ですから、獲物をね、ずっと待ってたんです」 青年はぎろりと光る刃物みたいな歯を見せて笑いました。 これは大変なことになった、と笹塚は早くも後悔し始めていました。 「さぁ、出口です。これでもう安心してください」 「……ありがと」 安心しろと言われても、隣に化け物がいれば安心なんてできません。 食事の提供なんて簡単に承諾してしまったけれど、人肉をよこせと脅されたらどうしようと笹塚は悩んでいました。 「あぁ、食事と言っても普通の肉や野菜じゃありませんよ」 そんな笹塚を察して青年は言いますが、笹塚はもっと訳が分からなくなるばかりです。 「あんた何食べるの?」 「謎、ですよ」 ぐるぐる渦巻く瞳が欲望に燃えるのを笹塚は見ました。 本当に彼は化け物なのかと半信半疑でしたが、これは本物の化け物だと確信せざるを得ませんでした。 ふたりで荒野を歩きながら、笹塚は困っていました。 こんな得体の知れない化け物を国に連れて帰って大丈夫なのか、帰るとこの化け物は国を滅ぼしてしまうのではないか、 笹塚は思い悩んでいました。 「なぁ、あんたの名前は?」 「ネウロです」 「ずっとあの森にいたの?」 「えぇ」 「ひとりで?」 「はい、そうですね……たまに来る人間も僕を見たらすぐに逃げてしまうので」 青年の、ネウロの声はとても寂しそうに聞こえました。 あんなに暗い森でたった一人で、長いあいだ誰とも触れ合うこともできず、お腹を空かせてひたすら自分を怖がらない 誰かを待っている。 そんなところを想像すると、笹塚はネウロが可哀想に思えてきました。 化け物ではあるけれど、危害はなさそうだし人懐っこい。 傾いていく月の下で笹塚はもはやネウロに対する敵対心や警戒心をなくしていました。 国に帰ったら、ネウロを同僚に自慢してもいいとさえ思っていました。 「あんたの要求って、食事一回分だけ?」 「あんまり迷惑はかけられませんからね、一回でいいですよ」 「そしたらまたあの森に帰るの?」 「…そうですね、ほかに居場所もないですから」 うつむくネウロを見て笹塚は、どうにかしてこの美しい化け物を自分のもとに置いておけないものかと考えました。 人間ではないのだから煩わしさもないだろうし、何よりネウロが自分以外の誰かに食事を乞うのが嫌なのでした。 せっかくなついてくれたのに手放すのはもったいない。 「俺の家、来ていいよ」 「え?」 「どうせ一人暮らしだから文句言う奴もいないし」 笹塚はほとんどペットを飼う気分でいました。 驚いた顔のままのネウロに、おいでと言うとネウロはうなずいて笑いました。 笹塚がこの軽い気持ちでの発言を心から後悔するのは、もう少し後のことです。 END