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18.これは、嫉妬? 「こいしを見かけませんでしたか?」 その日さとりは暗澹とした表情で私の前に現れた。 いつもの人を食ったような態度ではなく、憔悴したような哀れさで。 「あぁ、そういえば、ここを通ったような気がするわ」 さとりの妹のこいしは無意識を操るため存在が曖昧だ。 言われてみればという程度の記憶だったけれど、確かに地上へ続く道を通って行った。 その道をさとりは悲しそうな視線でたどった。 「また、いなくなったの?」 目を伏せていたさとりがわずかに笑みを浮かべた。 「えぇ、また」 そう答えられて、しまったと思った。 そして私の後悔を読み取ったさとりはゆるく首を振った。 「事実ですから。あの子が何度も私のもとを離れて行くのは」 他人の心を読むさとりは普段、余裕のある微笑で私を翻弄していた。 何を考えても、何をしようとしても彼女には全て筒抜けだ。 悔しく思うことがほとんどだったが便利だと思うこともあった。 そんな彼女は妹のことになると途端に弱気になって、こんな風に悲しそうにひとりで妹を探す。 ペットを連れているときもあるが、たいてい彼女を慕うペットが自主的に彼女に付き添っているだけで、妹を想うさとりはいつも孤独だ。 「でも、ちゃんと帰ってくるんでしょ?」 「寝る場所は必要ですからね」 「それでも、帰ってくるなら……」 そこまで言ったところで私は思わず口を閉ざした。 さとりの怒りを感じたからだ。 何もわかっていないくせに口出しするなと、そう言いたいのだろう。 だけどさとりは自分のことは何も話さないのだから理解のしようがない、私が気遣うところではないだずだ。 心の中でそう告げると、さとりは一瞬、苦々しく顔をゆがめた。 いつもは仮面をつけたような表情しかしないのに、妹が関わると感情的になる。 私から顔を背けたさとりは地上への道を進み出した。 「地上に探しに出るの?」 「いいえ、入り口で待ちます」 「目の前を通っても気づかないんじゃない?」 吐き捨てるように言うと、さとりは簡単にその挑発に乗った。 「パルスィには関係ないことです」 「あんたが先に私に聞きに来たんでしょ?」 「……情報ありがとうございました。これでいいですか?」 私を睨むさとりの目は怒りと焦燥に燃えていた。 こんなさとりは珍しい状態だ。 おもしろいけどおもしろくない。 私がどんな言葉を使っても、どんな行動を取っても、決して本心を見せないのに。 「せいぜい、ミイラ取りがミイラにならないことね」 さとりはもう振り返らなかった。 細く小さな体は頼りなく悲愴に満ちている。 どうすれば、あの怒りを、悲しみを、そのまま私に向けてもらえるだろうか。 そう考える私の気持ちは恋焦がれるような澄んだものではなく、醜く濁った膿のような嫉妬だ。 私は嫉妬の塊みたいな妖怪だから、これはどうしようもないことだ。 でも、ほんとうにこれは嫉妬だけで構成されているのだろうか。 さとりの覚束ない足取りと、震える手と、泣くことすらできない瞳と、それらに対して抱くものには、胸が締め付けられるような切なさがあるのではないか。 それはいけない、そんなにまで近付くつもりはない。 だけどこの感情はおそらく、嫉妬だけでは済まされない。 真っ暗な風穴はさとりを飲み込んで冷たい空気だけを泳がせている。 あの後姿を追いかけてしまう日が、いつか来るのだろう。 End