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※堀鐔 4.恋人じゃないから 来週から試験が始まるので、今週はずっと部活がない。 放課後に学校で勉強する生徒は多くいるが、おれはそんな雰囲気がどうにも好きになれず、ひとりで図書館や喫茶店へ行くことにしている。 そのあいだ弟の小狼は家に恋人のさくらを招いてふたりで勉強している。 一緒にどうかと誘ってくれたけど、やはり気まずさは誤魔化しきれない。 邪魔になるからと断って家をふたりのために空けてやった。 今日もまた同じように図書館に行こうと思っていたのだが、その前に職員室でわからない問題を先生に聞いていたら中途半端な時間になってしまった。 今から行っても、すぐに帰らなければならないだろう。 ひとまず帰り支度を整え、職員室から出ようとすると、ちょうど小狼と出くわした。 「まだ残ってたのか」 「ちょっと部活のことで先生と話してたんだ。兄さんは今帰り?」 「あぁ。小狼はまだ用事があるのか?」 尋ねると、小狼は職員室の出入り口の方を見て、少しだけ声を小さくした。 「兄さん、このあと予定ある? もう家に帰る?」 「なんだ?」 「えっと、もし何もないなら、サクラと一緒に先に帰っててくれないかな」 え、という声は音にならず喉で消えてしまった。 小狼はそんなことは気にしないでもう一度職員室の外に視線を向けた。 「まだ時間がかかりそうなんだ。サクラを待たせてるから……」 「おれが、サクラとふたりで帰っていいのか?」 「うん。できれば一緒に部屋で待ってて欲しいんだ。お菓子も買ってあるし、ふたりで食べて待っててくれたらありがたいんだけど」 絶句した。 これが自分の双子の弟だなんて、信じられなかった。 「それは、おれがやることじゃないだろ」 「何で? サクラもずっと、兄さんと3人で勉強できたらいいって言ってたし……」 「悪いけどおれはまだ帰らないんだ」 小狼の言葉を遮って背を向けた。 引きとめようとする小狼を拒み、職員室を出る。 ほんとうに信じられない、おれを何だと思っているんだ。 「あれ、小龍君?」 苛立ちでうつむいていたため、どこから声をかけられたのか分からなかった。 振り返るとさくらが職員室の出入り口の正面の窓枠にもたれかかっていた。 彼女は自覚はないようだが、年相応の魅力を持っている。 子供にも大人にもない、少女の魅力。 「小狼を待ってるのか?」 「うん。もう少し時間がかかるみたい」 少女の魅力というものはその年齢の者なら誰もが持っているというわけではない。 さくらのような人間にこそ認められるべき魅惑の芳香だ。 「ねぇ、よかったら今日は小龍君も一緒に……」 「いや、おれはいいよ」 純粋で、自分がどのような目で見られているのか知らない、清らかさ。 おれと話すときのさくらは、おれが男で自分が女であるという認識があまりにも薄い。 同じ顔、同じ声でも、おれは恋人じゃないから。 「そっか……ごめんね、毎日お家にお邪魔しちゃって」 「サクラが気にすることじゃない。こっちこそ、汚い部屋で申し訳ないな」 「そんなことないよ! 小狼君の部屋、すごくきれいだよ」 そして微笑んださくらはたぶん、小狼のことだけを考えている。 小狼は自分だけがさくらを好きで、さくらは自分だけが小狼に好かれていると思っている。 だから3人で、なんてことが言えるんだ。 おれがさくらの恋人じゃないことをどれほど意識しているかを考えもしないで。 また明日、と言って別れたあと、そっと振り向くとさくらは幸せそうな顔で小狼が出てくるのを待っていた。 END