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※レイマリ前提 星がきれいに夜空に散らばっている。 不規則なのに規則通りでアンバランス、だけどロマンチック。 このままひとつくらい落ちてこないかしら。 手のひらに乗るくらいの、かわいい星が。 そう思って見上げていたら、ほんとにひとつ落ちてきた。 星じゃなくて、真っ黒な魔法使いさんだったけれど。 彼女の純情シグナル 「どうしたの、こんな夜に来るなんて。急用かしら?」 さっきから口を閉ざしてうつむいたままの魔理沙に紅茶を出して、正面の椅子に座る。 紅魔館のベランダに出ていた私に向かって全力で飛んできた魔理沙を部屋にいれたはいいけれど、 乱れた髪を直そうともせず泣きそうな表情の彼女に私も困ってしまった。 お嬢様が眠っていてくれて良かった。 人間がこうやって時々不安定になることは、長いこと吸血鬼として生きてきたお嬢様には理解しがたいことなのだ。 なるべく魔理沙を安心させようと、笑顔でクッキーをすすめてみたりもしたけれど効果はなく、 ぎゅうと帽子を抱きしめるだけだった。 「もう、いい加減にしてよ。何も言ってくれないんじゃ、何もしてあげられないわ」 そう言うとようやく魔理沙は顔を上げて、ごめんと呟いて紅茶をすすった。 ハーブのすっきりした香りに魔理沙は落ち着いてきたようで、深呼吸すると私に向き直った。 そして心を決め、さらに帽子を強く抱いてこう告げた。 「咲夜、私の恋人になってくれ」 すこんと空っぽの箱で叩かれたような言葉の衝撃を受け私は言葉を失った。 魔理沙は甘い告白に似合わぬ真剣さで頼むと頭を下げ、少しの間だけでもいいからと懇願する。 そんなことを言われても、私は困り果てることしかできない。 「一応聞くけど、どうして?」 「恋愛係だから」 そんなことは聞いていないのだけど、今の魔理沙には何を尋ねても嘘しかしゃべらないだろう。 あの魔理沙がこんなに大真面目に他人に頭を下げるなんて、何か彼女にとっての重大な問題に苦しめられているのかもしれない。 それに、絶望の際に立たされたような声と、今にも泣き出しそうなくらいに下がった目を跳ね除けるほど私は無情ではない。 面倒事に巻き込まれるのには慣れているし、めったに見ることのできない魔理沙のこんな顔まで拝めていたら 引き受けてあげようという気になった。 私よりも年下なのに、なんにでも必死になる少女の手助けになれればと軽い気持ちで了承したのが間違いだったと気づくのは もう少しあとのこと。 咲夜、もっとこっち。 そう言って手招きする魔理沙の座るソファの隣に腰掛けると、自分から呼んだくせに魔理沙の体はこわばった。 今日は、朝から恋人なんだからと魔理沙の家に招待され、お昼には彼女の手料理をご馳走になった。 「本当に恋人みたいね」 おかしくなって笑うと、魔理沙は本当に恋人なんだと抗議する。 魔理沙の作る料理は私の食べたことのない味ばかりで、何度もすごいと言いながら平らげた。 私が料理を褒めるたびに魔理沙は照れくさそうにうつむくのがおもしろかった。 焼き立てのふわふわパンにバター、それから甘いはちみつをたっぷり。 野菜ときのこのソテーは香ばしくて新鮮な味だったし、クラムチャウダーはあったかくてとてもおいしかった。 極めつけは、特殊なルートで手に入れたと言う赤ワイン。 魔理沙は渋いからあまり飲みたくないとほとんど私に注いでくれたけど、のどの奥に染み込む感触が素晴らしい逸品だった。 「ビールは飲めるのに、ワインは飲めないの?」 「白なら飲めるんだけどな」 苦笑する魔理沙は食後のデザートと言って出したりんごをかじった。 さわやかな果実の香りが広がって、私もひとつ手に取って食べる。 紅魔館に仕入れられるりんごもそれなりに高価なものだけれど、魔理沙の剥いてくれたりんごはみどりをいっぱいに含んでいた。 今度お嬢様にも持って帰ってあげようかしら、と私は上機嫌のまま魔理沙の頭をなでると、魔理沙はびくりと体を跳ねさせ、 驚いた顔でこちらを見た。 「な、なんだよ?」 「あなたこそ何よ、そんなに驚いて」 何でもないように言えば、ばつが悪そうに魔理沙はそっぽを向いて小動物のようにりんごを食べる。 その様子が可愛らしくて、私は魔理沙に後ろからぎゅうと抱きついて髪をなでた。 「咲夜! さっきからなんなんだ!?」 「だって私は恋人でしょ? 普通のことよ」 赤くなって暴れる魔理沙を押さえてやわらかい髪に顔をうずめると、なんだか眠くなるような甘い匂いがして心地良かった。 こんなふうに他人とじゃれあうこともなかった私には魔理沙とのスキンシップが楽しくて仕方がない。 ほわほわと心が宙に浮くみたいな、ホットケーキの上で寝転がっているような、そんな感覚を彼女は私に与えてくれた。 魔理沙がいったい何を企んでいるのか知らないけど、こんな関係も悪くない。 次の日も、次の日も、その次の日も私たちは恋人として会った。 一緒に本を読んだり、散歩をしたり、料理をしたり、同じベッドで秘密の話をしたり、時には弾幕ごっこをしてみたり。 誰かとこうして時間を共有することがこんなにもしあわせなことだなんて、私は知らなかった。 最初に魔理沙は少しの間だけでもいいと言っていたけれど、私はずっとこの関係が続いてもいいとさえ思っていた。 でも魔理沙は私と同じようには思っていなかった。 そんなこと、魔理沙がやってきたときのことを思い出せばすぐに気がつけたはずなのに、私は都合の良いことばかり見ていた。 終わりなんて流れ星が宇宙のかなたに持って行ってくれると、信じていた。 私の前にピリオドが打たれたのは、里に買い物に出かけたときのことだった。 その日は人が多くて混雑していて、はぐれないように私たちは仲睦まじく手をつないで買い物をしていた。 人の体温のあたたかさを教えてくれたのも魔理沙だった。 あるお土産屋に入って、二人でおそろいの小さな猫の置物を買った。 お店のなかもとても混雑していたので、魔理沙が精算を済ませるあいだ、私は店の外で待っていた。 すると見覚えのある紅白が私の前に現れた。 「あら、咲夜じゃない。こんなとこで何してんの?」 両手に買い物袋を提げた博麗霊夢。 「私にはあなたがこんなところにいる方が珍しいと思いますわ」 「なんで?」 「買い物をするお金なんて、あったのね」 微笑みながらそう言うと、霊夢は憤慨しながらも最近はお賽銭の入りがいいのだと誇らしげに笑った。 今日は豪華に鍋をするのよ、と食品を丁寧に見せてくれる霊夢と談笑していると、精算を終えた魔理沙がお店から出てきた。 そして私たちを見た瞬間、彼女は一気に青ざめて固まってしまった。 「どうしたの?」 何かしら、と思って霊夢を見ると、彼女は先ほどまでの朗らかな態度が嘘のように完全な無表情で魔理沙を見つめていた。 私は彼女たちは長年の友人であると聞いていたし、同時に良いライバルであるとも思っていた。 不仲であるなんて噂は誰も聞いたことがないはずだ。 喧嘩中なのかと思ったけれど、それにしては魔理沙のおびえ方が尋常じゃない。 また声をかけようかとした矢先、魔理沙が私に駆け寄って強引に手をつないだ。 「待たせたな、咲夜! さ、行こうぜ!」 握られた彼女の手は汗がにじんでいて、ひどく震えている。 私はいったい何が起こっているのか分からなくて霊夢に助けを求めるが、霊夢は私の方だけを見て手を振った。 「それじゃあね、咲夜。今夜、紫が泊まりに来るから準備しなきゃならないの」 わざとらしくにっこり微笑んで、霊夢は帰っていった。 どうすればいいのかと悩んだ末、まだ震えている魔理沙の手を引いて彼女の家まで連れて帰った。 その間、魔理沙は私が何を言ってもひとことも答えなかった。 彼女が私に恋人になって欲しいと頼んだ夜と同じ状況だった。 落っこちてきたきれいな星をずっとそばに置いていたいけれど、彼女は私といても輝きを放つことはできない。 魔理沙の家に着いた頃にはだいたいを理解してしまった自分を呪って、もう二度と夜が来ませんようにと星に祈った。 続く