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噛んでいいですか 「歯がムズムズするんです」 「仔犬か、アンタは」 あー、と彼は大きく口を開けて鋭利な歯を手鏡に写す。 しかし目で見て分かる原因はなかったらしく、顔をしかめて手鏡を放り投げる。 きゃん、と高い音が響いた。 「割れるだろ、投げんな」 彼の放り投げた手鏡を回収して黒々と怪しく光る机に置く。 その一連の動作の間に彼はポケットの中身を全て床にばら撒いていた。 そして静止の状態で、手に持った腕時計を酷く真面目に凝視している。 しばし何かを考えたあと手鏡同様、腕時計も同じ運命を辿った。 モノを大切にするという理念が彼にはないのだろうか。 時計を投げ捨てると同時に彼は俺に視線も投げる。 「笹塚さん、何か硬いもの持ってませんか?」 あぁ、腕時計を眺めていたのは噛むつもりだったのか。 「アンタが噛めるようなものは持ってねぇよ」 拳銃は硬いが、どうせその程度のもの、彼は容易く噛み砕いてしまうだろう。 硬いもの、硬いもの、と言いながら彼は事務所を見回す。 何か噛めるものを求め、うろうろ。 無機物でいいらしいが、食べ物という選択肢はないのか。 「仕方ないですね、じゃあ笹塚さん、腕でもいいので噛ませて下さいよ」 「妥協の仕方間違ってない?」 にじり寄ってくる彼から腕を防御しながら、俺は彼が噛んでも大丈夫なものはないかと考える。 3秒で結果は出た。 俺は多分、腕を噛まれる。 End