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怪談 夏に困るのはやはり、虫害だ。 笹塚は窓を開けていないのに入ってきた蚊を殺してゴミ箱に捨てた。 しかしまだどこかにもう一匹、潜んでいるはずだ、探し出さなければ安眠は得られない。 カーテンをめくったり、テレビの後ろを覗き込んだりしてみるが、どこにもいない。 本当にどこかへ行ってくれていたらいいのだけど、どこかにいるのだから問題だ。 そんなとき、インターホンが鳴り響いた。 こんな夜になんだろう、とそうっと玄関に行って覗き穴を見ると、あぁ、あいつだ。 しかたなくドアを開ければ嬉しそうに入り込んできた。 「よー、久しぶり。元気だったか?」 黒髪に、人相の悪い男が自分の家のように堂々と部屋に入る。 開けるんじゃなかった、と少しだけ後悔したが、開けなければ開くまでそこに居続けただろう。 「何しにきたの」 「別に。夏だなーって思って」 涼しい部屋だ、と満足そうにクーラーの下を占領する早乙女は、ひらひらしている。 「夏だから?」 「そ、夏だから。もってこいの季節だろ?」 ひらひらの足、のようなものを見せ付けて早乙女は笑った。 絵に描いた幽霊だ、おばけだ、悪霊だ。 線香でも焚いたら苦しみだしたりするのだろうか。 「あ、そうだ、俺さ、向こうですげーかわいい子とデートしたんだよ」 向こうってどこだとか、かわいい子ってどうせ霊だろとか、言いたいことはたくさんあるが、言わないでおいてやった。 今は肯定するしかないのだ。 「どう? お前にも紹介してやろうか?」 「いや、いい」 「何でだよ。一回会うだけでも会ってみたら……」 「だから、俺はお前しか見えないから」 霊感がないという意味だったのに、早乙女は意外そうな顔をして見せた。 「それ、ものすごい熱烈な告白みたいだな」 蚊取り線香を焚くのがいいかもしれない。 入り込んできた奴らをいっせいに仕留められる。 END