空間的狼少年

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永遠に到る人生の旅路 1


※激しい捏造注意
※ただの脇役ですがオリキャラ注意



小学生の頃、俺は毎年夏休みになると妹と共に祖父母の住む田舎へ2週間から3週間ほど預けられていた。
コンクリートで固められた都会に比べて田舎はずいぶん涼しく過ごしやすいので俺も妹も田舎へ行くのを拒んだことは
無かった。
それに都会育ちの俺たちにとって山奥に住む祖父母の家で過ごすのは、幻想世界に足を踏み入れたような気分になるので
とても楽しみにしていた。
遠足用に買ってもらったリュックに夏休みの宿題と読書感想文を書くための本と絵日記に必要な色鉛筆を入れて準備完了。
俺よりも活発でやんちゃだった妹は宿題は帰ってからやると言ってリュックにはお菓子や双眼鏡、懐中電灯、学校で
作ったという竹とんぼなんかを詰め込んで満足そうにしていた。
空港で両親と別れてからは飛行機が着陸するまで俺と妹の二人旅だった。
両親は俺も妹もしっかり者だと思っていたため何の心配もしていなかった。
一度だけ母は飛行機が墜落したらどうしましょうと口にしたことはあったが。
実際俺も妹も大人を相手にしてどもることもないし、分からないことを聞くのに恥じらいを感じることもなかった。
手続きも搭乗口の場所も読めない漢字も全部周りの大人に聞けば親切に答えてくれたし、3度目ともなれば誰に何も聞かずとも
一直線に飛行機の座席に座れるようになっていた。
今にして思えば俺も妹も要領のいい子供だった。
けれどそれが子供らしさを奪っていたわけでもなくて、最初は妹とどちらが窓際に座るかということで激しい口論を
繰り広げていたものだ。
結果、行きは妹が窓際に座り帰りは俺が窓際に座るということになった。
妹は始終窓に張り付いて小さくなった建物や巨大な雲に飲み込まれる様子を見て興奮していた。
帰りはいつも夜だったが俺も暗い海や地上に散らばる人口の星を眺めるのが好きだった。
ただ、どちらも窓際の席でなかったときの落ち込みようは隣に座った人に笑われてしまうほどだった。
向こうの空港に着くと祖母の知り合いの初老の男に迎えてもらい、彼の運転する軽トラックの荷台に乗せられて俺たちは
祖父母の家に到着するというのが常だった。
祖父母の家では実家と違いずっと自由な生活ができた。
夜更かしして昼に起きても怒られないし、食べたいと言ったものを食べさせてくれるし、妹と二人で山の中を好きなだけ
探検することも出来た。
祖父は日中ずっと畑に出ているので、その手伝いをする日もあった。
そうすると必ず夕食で祖父は俺と妹を良い子だとしきりに褒めた。
優しい祖父母のもとで暮らしていると両親を寂しく思うことはなかったが、冗談で祖父にずっとここにいるかと聞かれたときは
返事に困った。
妹は実家に帰る間際になって帰りたくないと泣き出すこともあった。
けれど家に着くと勢いよく母に飛びついて甘えるのだった。
そうしてよく焼けた肌で学校に行き、級友の自慢話に参加して夏は終わっていった。
小学三年生までは特に事件のようなものがなくても都会にはない自然と触れ合い山や川で遊んでいれば十分だった。
それが小学四年生の夏休み前に友人の一人に「笹塚の話は毎年同じでつまらない」と言われてしまったことで俺の感覚は
子供の反抗心によって動かされた。
その年は宿題は早めに済ませて、リュックには妹と同じように双眼鏡や懐中電灯を入れて、さらにはこっそり買ったおもちゃの
ナイフと手裏剣も加えた。
妹には今までと同じではいけないと、図書館で借りてきた妖怪の本を見せて本当は山にはこういう奴らがいるんだと言って聞かせた。
冒険心の強い妹は熱心に読みふけり妖怪の弱点を探さなければならないと真剣に悩みだした。
実際に妖怪に会えると思っていたわけではなかったが、何か通常ありえないことが起きればいいのにという期待はあった。
結論から言えば、そんなものに遭遇することは一度も無かった。
大人になってからそれに近いものと関わりを持つことになるのだがそれは後で語ることにする。
夏休み、俺と妹は祖父母の家でゆっくり過ごすことをやめ、毎日山や川を歩いて回った。
暗くなってから出かけようとすれば祖父に止められるので夜は妹と布団の中で外は百鬼夜行の途中に違いないと眠くなるまで
夢を膨らませた。
しかし暑いなか草むらや山道を蚊に刺されながら汗だくで歩きまわるのは、最初は楽しかったが何も変化がないとなると
気持ちも沈んできた。
妹も顔をしかめて山で拾った棒を振り回して「何々出てこい」と妖怪の名を叫んだが出てくるのはバッタやアブなどであった。
しだいに妹はそんな元気もなくなり、棒を引きずって俺の後についてくるだけになった。
せめて珍しい生き物でもいればいいのだが、田舎といえどそう簡単に見つけられるものでもない。
うなだれながらも意地でも何か見つけてやろうと奮闘していた俺は普段は行かない川の向こうを目指すことにした。
いつも遊んでいた川には祖父のかけた粗末な橋がある。
向こう側はそれなりに車の走る道路だったので、俺はよその人の土地だから行ってはいけないという認識を持っていた。
橋を渡った先には階段があり、そこからは未知の世界であった。
祖父母の家の周りはどこも行きつくして新しい発見はない、俺は頑なな子供の意地で妹の手を引き橋を渡った。
車は通るが少なく、田舎であることには変わりない風景だった。
ただ祖父母の家の周辺は山と田と畑しかなかったから、こっちは少しだけ都会のように思えた。
道路を渡り民家に沿って歩いていると何か恐ろしいものが飛び出してくるかもしれないという期待が俺と妹の気力を回復させた。
学校で習ったらしいドナドナを口ずさみながら妹は草むらを棒で突きながら俺の後ろで機嫌良く歩いた。
しばらく行くと小さな神社を見つけた。
暗い木々が光を遮った気味の悪い神社だった。
一瞬ためらったが俺は妹の手前ということもあり、勇気を出してその神社に足を踏み入れた。
枯れた葉の破片が混じった砂利を蹴り、大きな黒馬の石像を横切り境内をうろついた。
賽銭箱にはいくつも葉っぱがひっかかっていて全体的に薄汚れているので、人がめったに来ないことがわかった。
歌を止め腕にしがみついた妹の頭を撫でながらも俺も少し怖くなっていた。
ここはひんやりした風が吹く。
誰もいないし何の音もしない。
何か得体の知れないものがまぶたの無いまん丸の目でこちらを観察している気がする。
そのとき神隠しという言葉を思い出して、二度と家へは戻れないような不安が俺の体に走り妹を抱き寄せ駆け出そうとした。
が、俺の後ろには本当に得体の知れない者がいたのだった。

「うわっ」

声を上げて驚いたのは俺と同い年くらいの男の子だった。
彼こそが、俺の全ての思想と感情をかき回して身勝手に死んだ男だった。


続く
題名はキェルケゴールの『死に到る病』より