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兄貴だけど愛さえあれば関係ないよねっ 最近、妹の様子がおかしい。 一緒に暮らす身内の変化というものは、なかなか気付けないものであるはずなのに、ここ最近の妹は「おかしい」と明言できるほどに、おかしい。 妹は少々男勝りなところがあり、よく父親に「こんな娘では嫁の貰い手がない」と嘆かれるくらいやんちゃな少女だった。 浮いた話などひとつも無く、容姿に関しては贔屓目なしにしても可愛らしいはずなのに彼氏ができたなどという噂は欠片も飛び交うことはなかった。 それでも女なんて年齢を重ねれば勝手に色気づくものだろうと心配していなかったが、俺は兄として、別の方向で妹を心配しなければならなくなった。 「兄貴っ! 今日は一緒に寝てもいい?」 「だめ」 「えー!」 中学三年生になったばかりの真守は、なぜか最近こうやって俺と一緒に寝ようとしてくる。 一緒に寝ていたのなんて俺が小学生の頃までだったのに。 「いいじゃん、何かするつもりはあんまりないし」 「ちょっとはあるのかよ、だめだ」 「じゃあ何もしない」 「どっちにしろ、だめ……って言ってるそばから潜り込むな」 勝手に人のベッドに入り込んで手招きしている妹にため息をついて、布団をはがして追い出そうとするが妹はシーツにしがみついて離れようとしない。 運動神経が良いせいかどうなのか、結構な力で追い出そうとしているのに空回りだ。 しばし格闘を続けたが結局真守はベッドから出てこず、シーツを乱すだけに終わった。 「何で急に一緒に寝たいなんて言い出したんだ」 諦めてベッドに腰掛けて尋ねると、妹はもぞもぞと掛け布団を首が全部隠れるくらいに引っぱりあげた。 「最近になってようやく気づけたんだ」 「何に?」 「兄貴がすっげーいい男だってことに」 「……ありがと」 「反応薄いー! そこはもっと喜べよー!」 そう言われても、身内に褒められたってそんなに嬉しくない。 しかも中学生の少女に、だ。 全く嬉しくないどころか多少の屈辱さえ感じる。 「うちの学校の男子ってさぁ、ぜんぜん子どもなわけ。それに比べてあたしの兄貴はオトナでかっこいいよなーって」 恥らう乙女のような仕草をしてみせるが、口調がかけ離れすぎているためアンバランスだ。 このまま聞いているのは時間の無駄だと思っても妹の話は終わらない。 「落ち着いてるし、成績も優秀だし、イケメンだし、背高いし、優しいし。この間あたしに告ってきた奴とかさ、チビでバカでうるさいの! そんな奴と付き合うとかありえなくない? 絶対兄貴のほうがいいし」 「そりゃどうも……」 「兄貴、今彼女いんの?」 「いないけど」 「じゃあいいじゃん!」 何が、と問う前に妹はがばりと起き上がりベッドに膝をついたまま俺の肩に手をかける。 そのまま目を閉じて顔を近づけてくるので、これはさすがに駄目だろうと額を掴んで接近を阻止した。 不満そうな顔で睨む妹を押しのけて襟首をつかみ、ドアの方へ突き放す。 「ひでー。あたし、初めては兄貴がいいって本気で思ってるのに」 「やめとけ。お前が思ってるような男じゃないから、俺は」 妹の願いを無情に跳ね返すことしかできない兄だから。 「でも、ほんとなんだよ。兄貴がいちばんいい男って思ってるのは」 「それはありがたく受け取っとく」 「兄貴がいつかあたしじゃない他の女と結婚するなんて、考えたくない」 「なら今は考えるな。受験生だろ?」 笑って見せると、彼女は苦笑いで返した。 まだ志望校には届く成績ではないのだ。 「はぁー、仕方ないから今日は引くかな」 観念したらしい妹は廊下に出て、それでもまだ何か言いたそうに視線をよこした。 けれど俺は真守とは血のつながった兄妹なのだから、何を言われたって屈するわけにはいかない。 それを真守も分かっているからこうやってじゃれ合うくらいの接触しかしてこないのだ。 彼女の真意がどれほどのものなのかは、俺は知らないが。 「おやすみ、兄貴」 「あぁ、おやすみ。俺もお前はいい女だと思ってるよ」 ドアを閉める際に言うと、妹は目を見開いて驚いていた。 そのまま占領されていたベッドに潜ると風呂上りの石鹸とシャンプーの匂いがして、なんとも言えない気分になった。 こうしてひとりになってみると、一緒に寝るくらいのことはしてやっても良かったかと思えてくる。 しかしここで妹を許せばすぐにエスカレートするだろう。 兄として心を鬼にして彼女を正しい道に導かなければならない。 いつまで経っても手のかかる妹だと思うと、自分でも楽しそうだと感じるため息が出た。 明日になればまた勝手にベッドに入り込み今日と同じようなことを繰り返すのだろうか。 それでもやはり妹は妹だ、それが毎日のことになろうとも、いつも同じ理由で追い出さなければならない。 きっと受験勉強に追われるようになればこんなことも終わるだろう。 枕に頭を沈めて薄暗い眠りに落ちていく。 未来の絶望と憎悪は今の時間にはどこにも存在していない。 どうして一緒に寝るなんて簡単なことをしてやらなかったのかと後悔するのは、もう少し先のことだ。 End
自分で難易度を最大値まで引き上げてしまった気がします
ちなみに題名の元ネタについては私は全く知りません