空間的狼少年

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今だけでいいから、このままでいてくれる?

 
「今だけ、今だけでいいんだ」
 
男は弱々しく、呼吸と共に最低限の要求を吐き出した。
母に縋り付く幼子のような切実さと、強い主張はない。
もともと自己を抑制するのが得意な人間らしい、これでも妥協した結果なのかもしれない。
 
「このままで、いてくれる」
 
頼みというよりも願いと言ったほうが近い。
受け入れを拒否されることを前提に、できる限り遠く離れた場所からの呼びかけ。
 
そんなに畏れる必要はないのに。
 
抱き合う我々の姿は形だけは完璧なものの、いびつで見るに耐えない。
肩に置かれた頭を撫でると、そんな情けはかけないでくれと言わんばかりに男の体が強張る。
輪郭を辿り軌跡を辿るが、それでも男の悲痛な震えは止まない。
何に恐怖し、何に懸念を抱いているのか。
尋ねようにも、男は今にも泣き出しそうな状態であるから、それも叶わない。
 
「刑事、僕は、」
 
「頼む、何も言わないでくれ」

かすれた声でそう言われれば従うしかない。
全く行動が取れないので閑却するが、どうにも落ち着かない。
第三者の立場を、失脚してしまいそうになる。
優しい声をかけて、安堵で包んで、聖母のように振舞う。
そんなことは到底できないまでも、男を擁護する立場に回るくらいなら容易い。
もしもそうなったとき、何がどのように変化するのかは今の時点では想像できない。
しかしきっと男の震えは止まり、安穏くらいは手に入れるのだろう。
その核となるのが我が輩であるのも、すぐにでも実行せんとする自らの意志も、不思議で仕方がない。
感化された事実に対する驚嘆を隠しながら、今だけで良いと言う男の刹那的な願いを呑み込んだ。
喉の奥から、むせ返るほどの情念の香りがした。
  
End
お題・今だけでいいから、このままでいてくれる?
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